Scene 2:目まぐるしく揺れ動く心

 

 そのあと、私はふたを開けて中身を一口すすった。


 すると口の中には甘さが広がり、飲み込むと喉から胃に向かって冷されていく。耳の奥にはゴクゴクという音が響いている。


 そしてひと息をついたところで、私たちはゆっくりと移動を再開させる。


「冷却シートや制汗スプレー、汗拭きシート、タオルもあるよ。ほかにも色々と持ってきてるから、何かあったら遠慮なく言ってね」


藤代ふじしろくん、準備が良いね」


「でしょ? リュックがないとこれらを持ち運べないから、さっき俺が言ったように見た目に合わない浴衣ゆかたにはしなかったわけ。……あ、せっかくだから俺も何か飲もうっと」


 藤代ふじしろくんは歩きながら再びリュックを持ち替え、中からペットボトルの麦茶を取り出した。それを中身が半分くらいになるまで一気に流し込んでいく。


「んぐんぐっ、ぷはーっ! 冷たくてうまいっ!」


「あははっ、藤代ふじしろくんって本当に美味しそうに飲むね。CMの依頼が来るんじゃない?」


「ないないっ! そもそも俺は芸能人じゃないし」


「でも藤代ふじしろくんならルックスが良いから、街を歩いていてスカウトされても不思議じゃないと思うよ」


「……へぇ、流山ながれやまさんは俺のこと、ルックスが良いって思ってくれてるんだ?」


「えっ!? あっ……えっと……まぁ……」


 せっかく冷えた飲み物で少し涼しくなったのに、照れくささと気まずさで即座にさっきよりも熱くなってしまった。耳まで熱を帯びていて、頭が少しボーッとしてくる。


 そんな私を見て、彼はどう感じたのかは分からないけどクスッと小さく笑う。


「ありがと。でも俺は一般人のままが良いな。不特定多数にチヤホヤされるのって苦手だし。っていうか、流山ながれやまさんこそアイドルにスカウトされるかもよ? もしデビューしたら、しっかり推し活するから。その時はサインと握手をよろしくね」


「なっ、何を言ってるのっ!? 私なんか普通の何の変哲もない女子じゃん! クラスでは二軍どころか三軍女子だよ! 一軍男子の藤代ふじしろくんとは全然違うよ!」


「そうかな? 流山ながれやまさん、可愛いと俺は思うよ。ショートの髪はサラサラで綺麗きれいだし、性格だって優しくて穏やかだし。俺、話していていやされるっていうか、一緒にいて落ち着くんだよね。実際、学年でも流山ながれやまさんのことが気になってる男子が何人もいるってうわさを聞いたことあるよ」


「えっ!? そ、そうなんだ……初耳だな……」


流山ながれやまさんはもっと自分に自信を持った方が良いよ」


「う、うん……善処してみる……」


 と、返事をしたものの、やっぱり心の奥底では彼の言葉が納得できなかった。もちろん、彼からめられて嫌な気はしないし、社交辞令だったとしても私は嬉しかったけど。




 …………。


 ……そうだ、これは社交辞令なんだ、きっと。勘違いしちゃいけない。だって目立たない私なんか人気者の彼にはどう考えても釣り合わないし、余計な希望を持ったら残酷な現実を突きつけられた時にショックが大きくなる。


 思わずみ締めた奥歯のギリリという音が頭に響く。


 そんな中、小さな間を置いてから藤代ふじしろくんが意を決したような雰囲気で問いかけてくる。


「……雰囲気的にさっ、流山ながれやまさんって彼氏がいそうだよねっ?」


「えっ!? ま、まさかっ! 私、今まで誰とも付き合ったことないよ! 自慢できる話じゃないけど……」


「へ、へぇ……。そっかぁ……。そうなんだ、フリーなんだ……」


 なんだろう、その曖昧あいまいな声色からは彼の真意が掴めない。私の恋愛経験値がもっと高ければ、何かビビッと来るものはあったかもしれないけど。


 まぁ、考えても仕方ないか……。


藤代ふじしろくんこそ、彼女いないの?」


「俺っ? いないいない! ぶっちゃけ、告白をされたことは何回かあるけど全部断ってるし」


「えっ? なんで断っちゃったの?」


「うーん、想ってくれるのは嬉しいけど、俺自身の中でどうしてもその気になれなかったから。やっぱり中途半端な気持ちで付き合うのは相手に失礼だとも思うし」


「……もしかして藤代ふじしろくん……好きな子いる?」


「さぁね! そんなの、この場で言うわけないよ。誘導尋問には引っかからないって」


「ふふっ、誘導尋問だなんて、そんな気はなかったんだけどな。でもなるほど、藤代ふじしろくんの言うことにも一理あるね。むしろ誠実で素敵だと私は思う」


 と、私が吹き出しながら言った時のことだった。


 気のせいかもしれないけど、真っ暗な夜空に閃光が走って一瞬だけ周囲が明るく照らされる。


 そして直後にとどろく雷鳴。心臓が止まるくらいに驚いて、思わず私は体をビクッと震わせる。


「きゃっ!」


「雷か……。暗いから雷雲が近付いているのが分からなかったな……。流山ながれやまさん、大丈夫?」


「う、うん……。ちょっとビックリしただけ」


「今の季節はいつ天候が悪化してもおかしくないからなぁ。まだ雨の気配はないけど、ゲリラ豪雨って突然に降ってくるもんだし。花火大会が無事に開催されればいいけどね」


「そうだね。でも現時点では中止のアナウンスはない感じだし、とりあえずこのまま駅前までは行こうよ」


「うん、俺もそのつもりでいるけどね」


 その後も雷の音は断続的に響いてきている。私たちは不安に思いつつも、待ち合わせ場所となっている駅前へ向かって歩いていく。



(つづく……)

 

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