ふたりだけの星空、熱く舞う夏

みすたぁ・ゆー

Scene 1:気になる彼と待ち合わせ

 

 夏休みも残り一週間という時期、いつも一緒に遊んでいる友達同士で花火大会へ行くことになった。


 メンバーは私を含めて六人で、会場は私たちの通う高校から一キロメートルほど離れたところにある河川敷。そして自宅の位置が近い私と藤代ふじしろ辰樹たつきくんは国道沿いにある公園で合流して、一緒に待ち合わせ場所の駅前まで移動する約束をしている。


「午後六時まであと十五分……か……。少し早く来すぎちゃったかなぁ……。ただ、周りにいる浴衣ゆかたを着て歩いている人たちも、花火を見に行くってことだよね」


 今も刻一刻と会場には人が集まっているのだろう。きっと会場の最寄り駅は大混雑になっていて、そうなると私は無事にみんなを見つけられるか自信がない。自分で言うのもなんだけど、方向ほうこう音痴おんちの上にどんくさいからなぁ……。


 それを考えると、ここから一緒に行くことを提案してくれた藤代ふじしろくんには感謝しかない。彼にくっついていけば安心だもんね。少なくともひとりぼっちで会場付近を彷徨さまよい続け、そのまま花火が終わってしまうなんてことにはならないはずだから。


 ちなみにスマホの画面に目を落としてメッセージをチェックしてみても、藤代ふじしろくんから何の連絡も入っていない。もちろん、まだ約束の時間になっていないから当然なんだろうけど、ひとりでいるとどうしても不安になってしまう。


「はぁ……って、あれ?」


 小さなため息をついてから顔を上げた時、道の数十メートル先に藤代ふじしろくんらしき人物の姿が見えた。彼はこちらへ向かってゆっくりと歩いてきている。そして数メートルほどまで距離が迫ってから、それが間違いなく藤代ふじしろくんだと私は認識する。


 やがて私の目の前まで辿り着いた彼は、優しく微笑ほほえみながら声をかけてくる。


「こんばんは、流山ながれやまさん。へぇ、浴衣ゆかたなんだ。よく似合ってるね」


「ありがとう。藤代ふじしろくんは浴衣ゆかたじゃないんだね?」


「あはは、メンドいし。それに飲み物とかちょっとした荷物を入れるリュックを持ってこようにも、浴衣ゆかたにはあまり合わないと思ったから。ファッション性と実用性を兼ねてこれを選択したってわけ」


「なるほど、それでいつものカジュアルな私服なんだね。うん、そっちのほうが藤代ふじしろくんらしいかも。そもそも藤代ふじしろくんには浴衣ゆかたのイメージが湧かないしね」


「ひっでぇ……。それってめてないよね? 別に良いけどさ」


 藤代ふじしろくんは眉を曇らせながら小さく肩を落とした。そんな彼に対して私は苦笑いを浮かべて軽く頭を下げる。


「ゴメンゴメン。それにしても来るのが早いね? 約束した午後六時まで、まだ十分くらいあるでしょ」


「このクソ暑い中、流山ながれやまさんを待たせるのは悪いなって思ったから。早めに来ておけば、合流してすぐに移動を開始できるでしょ。まぁ、結果的にその思惑は外れて待たせちゃったわけだけど。もう少し早く家を出れば良かったかな?」


「ううん、私が早く来すぎただけだから気にしないで。準備が早く終わって、待ちきれずに来ちゃったんだ。むしろ私を気遣きづかってくれてありがとう」


 そう私が述べると、彼は少し照れくさそうな顔をしてほほを指でく。


「待ちきれなかったって、流山ながれやまさんはそんなに花火大会が楽しみだったの?」


「みんなで楽しみたいって気持ちが強いのは確かかな。夏休みももうすぐ終わりだしね。それに来年の今ごろは大学の受験勉強であまり遊べなくなってるだろうから、その分まで騒いでおきたいのかも」


「そっか……。じゃ、今日はしっかりと楽しもう!」


「だねっ!」


「よし、そろそろ移動しよっか」


「うんっ!」


 こうして私たちは公園から歩き始めた。車道側はさりげなく彼が位置取って、その小さな気遣きづかいに私は思わず嬉しさを感じる。


 すぐ隣に目線を移すと、そこにあるのは藤代ふじしろくんの肩。私たちの身長差を考えればそうなるのは当然だけど、今まではほとんど意識したことがなかったから、彼がこんなにも大きかったんだなってあらためて認識する。


 そういえば、学校外でこうしてふたりっきりで並んで歩くのは初めてかもしれない。周りからは私たちのこと、どう見えているんだろう? 恋人同士……に見えている人もきっといるよね……。


 ちなみに彼は高校の女子たちの間で、好意を持っている人が多いと聞く。目はキリッとしていてカッコイイし、明るく話しやすい雰囲気もあるから分かる気はする。正直、私だって異性として彼のことが気になってるというか……。


 ま、まぁ、私みたいな何の取り柄もない女子なんてきっと彼の眼中にないだろうし、特別な関係になることなんてないだろうけど。私は自惚うぬぼれじゃないし、自分の立ち位置は分かっているつもりだ。


 そう心の中で自虐じぎゃくしつつ、ため息をついた私はあらためて彼の横顔を見つめる。


 清潔感のある身だしなみとさわやかな空気、体格はガッシリとしていて、露出した筋肉質の肌は適度に日焼けしている。髪は無造作な感じの短髪。また、制汗スプレーか何かの良い匂いが漂ってきている。


 うん、やっぱりカッコイイ。経緯はどうであれ、そんな彼と今はふたりっきり。なんだか意識をしたら、胸がドキドキとして体が熱くなってきた。おそらく気温と湿度のせいだけじゃない。


 ――と、その時、不意にこちらを振り向いた彼と目が合ってしまい、私は慌てて視線を逸らした。


「っ? 流山ながれやまさん、ちょっと顔が赤くない?」


「そ、そうかなっ? そんなことはないと思うけど」


「まぁ、今日も相変わらず暑いもんね。すっかり陽が落ちて暗くなったのに、全然涼しくならないし。――あ、そうだ、ちょっと待ってもらえる?」


 そう言って道の隅に寄って立ち止まった彼は、背負っていたリュックを抱えるように持ち替えて中を探り始めた。そして程なくスポーツドリンクの入ったペットボトルを手に取り、私の目の前に差し出してくる。


「はい、流山ながれやまさん。これあげる」


「えっ?」


「保冷剤と一緒にリュックに入れてあったから、よく冷えてて美味しいと思うよ。熱中症になる前に、水分と冷たさの補給ね」


「あ、ありがとう!」


 受け取ると、確かにペットボトルは冷えていて心地良い。思わず頬やおでこに当てて冷たさを享受きょうじゅする。



(つづく……)

 

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