第4話

 でも、私に残されていた時間が十年だろうが二十年だろうがどうでもいいと思わされる事態に発展する。


 それはもちろん私がではなくタカヤが、である。


 タカヤはみさきちゃんと親密なお付き合いを続けているんだけど、でもお別れは突然やってくる。


「なんでタカヤはあたしとセックスしないの?」


 そんなみさきちゃんの質問から、少しずつ不穏な空気が流れ始める。


「なんでって……別に。そういうの大事にしたいから」

「そういうのってなに?」

「だから、そういう、なんか……貞操観念っていうか。付き合ったらすぐにヤるみたいなの俺、嫌だしさ、みさきのことも大事にしたいと思ってるから」

「あたしのことを大事にしたいからあたしとセックスしないの?」


「……そういう言い方するとなんかそれが悪いことみたいに聞こえるけど、でも大事にしたいんだよ」

「セックスしないことが大事にしてることになるの? あたしがセックスしたいと思ってても、タカヤが大事にしたいと思ったらあたしはタカヤとセックスできないの?」

「どうしたんだよ。今日ちょっとおかしいよ、みさき」

「おかしいのはタカヤだよ? ねえ、なんでセックスしないの?」


「だから……いや、もうやめようよこの会話」

「やめないよ。ねえ、なんで?」

「なんでなんでってさ。子供じゃないんだから」

「子供じゃないからセックスしたいんだよ。大人が好きな人とセックスするのはいけないことなの? したら、大事にされてないの?」

「そんなこと言ってないじゃん」

「言ってるよ。タカヤはあたしを大事にしたいからセックスしないって、ハッキリ言った」

「……じゃあさ、どうしたいの?」

「セックスしようよ」


 そう言いながらTシャツを脱いで、みさきちゃんは着痩せ感抜群のとても素敵なボディをタカヤにじっくりと見せつけながらタカヤにキスをしようとするけれど、タカヤは顔を背けてそれを拒否する。


「……なんで? なんでキスもしてくれないの? キスもしたら大事じゃなくなっちゃうの?」


「みさき、おかしいって。どうしちゃったんだよ」

「おかしいのはタカヤだよ」

「いやだから……俺のどこがおかしいんだよ」

「死んだ女のことばかり考えてるからおかしいんだよ」


 タカヤはみさきちゃんから顔を逸らしたまま動かなくなって、みさきちゃんはそのタカヤの固まった横顔を見ながら言う。


「リサちゃんのことを未だに忘れられないで、タイプの違う女と付き合うことで忘れようとしてんのに、それでも忘れられないで、好きなはずの女に触れることすらしなくなってるって、おかしいと思わない?」


「……」


「反論しないってことはもうそういうことってことでいいんだよね。タカヤはそれを認めたってことでいいんだよね」


 やっぱりタカヤは何も言わない。みさきちゃんはゆっくりとタカヤから身体を離して、さっき脱いだTシャツを着ずにハンガーに掛かってたパーカーを着る。


「タカヤ。あたしのこと、本当に好きだった?」

「……」

「タカヤ」

「……」


 無言のタカヤに近づいたみさきちゃん。もう一度キスをしようとするのかな。それとも引っ叩くのかなっていう私の予想は裏切られて――というかみさきちゃんはそのどちらもしなくて、タカヤのシャツの肩ら辺をぐいと掴み、「……ふっざけんなよ!」と、幼い顔立ちの眉間に皺を寄せながらタカヤに怒鳴った。


 それ以上はなにも言わず部屋を出てったみさきちゃんをタカヤは追うこともなく、やっぱりそのまま固まっていて、数分後、おもむろに動き出したタカヤは慣れ親しんだみさきちゃんの部屋から自分の私物をカバンに入れ始める。


 色んな葛藤かっとうがタカヤの表情から窺えるけれど、私にはタカヤがみさきちゃんとの関係修復をしないことがわかる。それはタカヤの性格的にそうだからというよりも、今のタカヤの辛そうな表情がそう物語っていたからだ。


 タカヤは左手の人差し指の爪を噛む。子供の頃からタカヤは強いストレスとか緊張を感じた時には決まってそこの爪を噛む癖がある。

 タカヤは既に姿のない部屋の主に向かい「ごめん」と独りごちて静かに出ていく。


 こうして二人の清らかだった交際は半年で幕を下ろした。

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