第2話

 タカヤとは小学生の頃からご近所さんで、家族ぐるみの付き合いだった。


 うちの両親はタカヤを気に入ってたし、妹は私よりも先にタカヤを好きになっていた。


 私は少し引っ込み思案なところもあって、仲良くなれば打ち解けることができるけど、自分からは話しにいかないタイプだから、友達を作るのが下手で、気付けば孤立してる感じの女の子だったんだけど、そんな時はいつもタカヤが察知してくれて、私をクラスの中でハブられないようにしてくれていた。


 クラスの中心人物っていうわけでもなかったのに、何故かみんなと仲が良かったタカヤは私に女子の友達を何人か作ってくれたり、みんなで遊びに行くときは必ず私を誘ってくれた。


 そこまでブスでもないけど可愛くもないみたいな中途半端な容姿をしていた私は客観的に見てもちょうど五十点くらいの女で、しかも面白いことも言えないし、たまに要領を得ないことを言ったりして「天然だよねー」と小さな笑いを生んで揶揄からかわれるくらいの取り柄しかなかったはずなのに、中学二年の十一月十四日にタカヤから告白された時は、頭が真っ白になってしまい気を失ってしまう。


 五分くらいで目が覚めた私はタカヤに膝枕されてて「焦ったー。あと一分起きなかったら救急車呼ぼうと思ってた」と言われ慌ててタカヤの太腿から頭を跳ね上げて「ごめん!」と謝る。


 それを告白に対しての「ごめん」だと勘違いしたタカヤは表情を曇らせて「そっか……こっちこそ、いきなり変なこと言ってごめん」と謝り返されて、「あ、ち、違うの! そういうごめんじゃなくて……迷惑かけてごめんって意味で……っていうか、私、こんなんだし……え、でもなんで? ほんとに? 本気で? あ、本気なわけはないだろうけど、え、でも私ほんとに何にもできないし、近野くん、絶対一緒にいても楽しくないし、あとは……」ってパニックになりながらなんだかわかんない弁明をしてる私をタカヤはじっと見つめてて「……あとは?」と、私と付き合うことによってタカヤに与えてしまうであろうデメリットの続きを促す。


「あとは……あと、あの、ほんとに、つまんないよ……?」


  ニコッと優しく笑ったタカヤ。私はあの笑顔を今でもはっきり覚えてる。この人は私の全部を受け入れてくれるって実感できる笑顔だったから。


橋野はしのが面白い奴である必要はないよ。俺が橋野を楽しませんんだから。可愛くないとかも関係ない。っていうか俺は可愛いと思ってるし。……んで、あとは?」


 ちょっといたずらっぽく笑ってそう言ったタカヤに「……ない」と返す。


「んじゃ付き合うってことでいい?」

「……………………うん」


 まだ混乱してたけど、私はもう「うん」以外言えなかった。だって、私は誰かを好きになるっていう感覚が正直よくわかんなかったし、私を好きになってくれるって感覚もよくわかんなかったし、タカヤのことは嫌いじゃなかったし、どちらかと言えば好きに近い感情を抱いてはいたけど、なんかそういう、彼氏彼女みたいな関係になりたいとかも全然思ってもいなかったから、戸惑いしかなかった。


「よし。じゃ一緒に帰ろうぜ、リサ」

「あ……うん」


 初めて下の名前で呼ばれて、私もタカヤって呼ばなきゃって思いながらも初めて「タカヤ」って呼べたのは付き合い出してから三ヶ月後のことだった。


 更に私を混乱させたのは、付き合うことになって一緒に下校したところまでは良かったけれど、そのまま私の家に来て、お母さんに「僕たち付き合うことになりました」と報告したことだ。


 ええー! と大声を上げたのは私ではなくお母さんでもなく何故かその場にいた妹で、どうやら妹はタカヤのことが好きだったらしく、初恋の男性を姉の私に取られたとショックを受けたみたいで、その日は夕食を食べずに朝方まで泣いていた。


 元々ご近所さんだったこともあって、お互いの両親も知っていたけれど、まさか交際宣言までするなんて……。


 そんな風にタカヤの強引さに振り回されながら始まった交際は、紆余曲折はあったものの、順調以外の何ものでもなく、お互いに他の異性に目がいくこともなく、浮気だとか二股だとかそんな話には一切ならなかった。


 私はすぐにタカヤのことが大好きになっていて、色んな意味で五十点女の私から見たら色んな意味で九十点くらいのタカヤは私にはもったいない男性で、私は絶対釣り合ってないと思われるんだろうなとかネガティブな気持ちにもなったけれど、でもタカヤがいつも私を大事にしてくれたし、他人がなんて言おうがかんけーねーよっていうスタンスのタカヤを見てたら、たしかにその通りだなって考え方を変えることに成功した。


 同じ高校に行って、同じ大学に通うことができて、私はメイクもお洒落もそれなりに覚えて、タカヤもそんな私をいつも可愛いと言ってくれて、とにかく幸せ真っ只中だった私達は、気温が四十℃に達するんじゃないかってくらい暑い八月の最終日に、まさかの交通事故に巻き込まれてしまい、私はそのまま帰らぬ人となってしまった。

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