第4話 森に帰還した魔女!

「やっと戻って来られたぁ~」


 ボニータは転移魔法を使って辿り着いた懐かしの我が家を前に、感動のため息を吐いた。

 まるで朽ちかけのように不格好な形の家はその実、魔法で保護されていて壊れる心配は全くない。

 赤い瓦の三角屋根に太く突き出た煙突。

 深い樹皮の色をした壁には、三角や四角と様々な形の窓がはまっている。


 森の奥にある魔女の家は、記憶と寸分違わぬ姿でそこにあった。


「変わってなくて、ホッとしちゃった」


 まだ若い彼女にとって十年という歳月は、家を空けるには長すぎる期間である。

 魔法のかけられた屋敷が姿を変えることはボニータが死ぬまでない、とは知っていたが、実際に見るまでは不安だった。

 変わらぬ姿の屋敷にボニータは安堵のため息を漏らすと、ドアの鍵を魔法で開けてその中へと入っていく。


 お掃除魔法がかかっている屋敷は清潔に保たれているが、やりかけの仕事を邪魔されないように必要のない整理はされないようになっている。

 昨日までそこで生活していたような生々しい痕跡の数々に、ボニータの頬が緩んだ。


「ふぅ~。我が家~」


 夢にまで見た薄汚れたソファに寝ころびながら、ボニータはクスクス笑う。

 王宮での暮らしは食事こそ贅沢であったが、彼女には窮屈すぎた。

 王立学園での教育も、彼女にとってはありがたみのないものだ。

 必要な知識は先代である森の魔女から教えてもらったから、暮らしていくのに困ることはない。


「そもそも結界を解くよ? と脅せば、王国相手の取引はチョロいもの」


 師匠の教えである。

 魔女はずる賢く生き残るべきなのだ。

 従順だったり、淑女であったりすると魔女として生きるのは難しい。


「本当に王立学園での教育とか、邪魔だし無駄」


 淑女などという生きにくい生き物へ変わらずに済んで本当に良かった、とボニータは思った。


「お金は役に立つけど、他はさして役に立たないからな」


 ボニータは自分に渡された贈り物の数々を思い浮かべて思った。


「淑女ごっこで役に立つといえば、宝石くらいのもんでしょ」


 贈り物は沢山もらったが、宝石以外は換金が難しいものばかりだ。


「あんな窮屈なドレスや靴なんて誰が買ってくれるというの。貴族くらいしか使わないわ、あんなもん。ホント、現金しか勝たん」


 とはいえ、ボニータが自由にできる現金などはなかったので、換金できそうな宝石などの贈り物を持ち出してきた。

 当座の資金はこれでなんとかなる。

 王宮で暮らしている間には、何のつもりか知らないけれど様々な贈り物をもらった。


「私のご機嫌が、宝石やドレスで良くなるとでも思ったのかな」


 ドレスや靴は要らないから置いてきた。

 衣類などは師匠の物が取ってある。

 それを使えばいいだけだ。

 貴族令嬢が身に着けるような物は、ボニータにとっては堅苦しいだけで価値などない。


 堅苦しい生活とは、これでオサラバだ。


「当面の食糧は持ってきたし。あとは森で何か探してもいいし、王国と取引して手に入れることもできるし……まぁ、何とかなるっしょ」


 取引の条件はじっくり考えてから提示すればよい。

 森の魔女は、魔法で防護壁を作ることができるのだ。

 この力があれば命を取られることもないし、食べ物に困ることもない。


 だが強い力を持てば、それを狙われる。

 注意すべきことも、身を守る術も、ボニータは師匠から教えてもらっていた。

 が、あの時は寂しさに付け込まれた。


「なにが、さみしい時には私が側にいてあげるよ、だ。嘘つき」


 お日様の光のような金色の髪を持つ、優しい笑顔の王子さま。

 ボニータに優しい言葉をかけながら手を握ってくれたあの人は、必要なときには彼女の側にすらいなかった。


 王子さまとはいえ十二歳の少年に出来ることは限られる。

 それはボニータも承知していた。

 しかし、他人のことより自分のことだ。

 それとこれとは関係ない。


 ボニータに残ったのは、必要な時に側へいてくれなかった事実だけだ。

 その事実だけが、心に重たく残っている。

 だから――――


「もう同じ失敗はしない」


 ボニータは独り言ちて目を閉じる。

 そして久しぶりに聞く木の葉のざわめきに小鳥のさえずりといった森の音に、うっとりとため息を吐いた。

 十年経っても好きなものは変わらない。

 ボニータは森の音を聞きながら、久方ぶりの心穏やかな眠りに落ちていった

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