第5話 ザマァ! 第三王子

「あぁ、もうっ! どうしてこうなった⁈」


 国王は頭を抱え、会場内を鳴いたり吠えたりしながら騒ぎまわっている動物たちを見ながら叫んだ。

 宮廷魔法士たちは必死になって会場のあちらこちらを飛び回り、言うことを聞いてくれない動物と化した令嬢や令息、衛兵たちにかかった魔法を解いている。


 ボニータの魔法は恐ろしい。


 人間が動物に変わっただけで、こんなにも意思の疎通が難しくなるとは。

 宮廷魔法士たちが魔法を解こうとしているのに、動物に変わった人間たちは怯えて逃げ惑うのだ。

 壁や窓にぶつかっていった動物もいる。

 気絶したところを捕まえて魔法を解いたりしているが、人間に戻った途端、流血や骨折の痛みで絶叫するのだ。


 ボニータが、そこまで考えて魔法をかけたかどうかは知らないが、とにかく結果が恐ろしい。


 魔法を解いている途中、動物から人に変わる姿も恐ろしいものがある。

 腕や足、頭などから人間に戻っていくから、動物と人間を繋ぎ合わせたように見えるのだ。

 せっかく魔法を解いているというのに、変わっていく自分を見て気を失う令嬢や令息のなんと多いことか。

 

 それだけ、ボニータのかけた魔法は恐ろしいものだということだ。


 吠えたり鳴いたりしていた声が、人間の叫びに変わっていく。

 令嬢も、令息も、その場を守っていた護衛たちすら人間に戻った途端、大きな叫び声を上げている。

 だが人数が多すぎて、気遣いも品切れだ。

 

「うるさいっ!」


 国王はイライラしながら叫んだが、騒動が収まる気配はない。


「いっそのこと、そのままにしといてやろうか?」

「いえ、牛や豚では排泄物の掃除までコチラでしなければいけませんからね。とっとと人間に戻したほうが楽です」


 呆れたようにつぶやく国王の横で、宰相が冷静に言った。

 動物から人間に姿を戻した者たちは、次から次へと悲鳴を上げて騒ぎ出す。

 そのままにした方が良かったのでは? と思えるほどの阿鼻叫喚は終わらない。


 その様をゲンナリした表情で見つめながら、宰相は言った。


「それよりも国王陛下。魔女との契約が解除されてしまいましたから、防護壁を守るための新たな契約を結ばなくてはなりません」

「うむむ……そうだな」


 ボニータを魔法契約で縛ってから十年。

 王族も、貴族も、贅沢にすっかり慣れてしまった。

 いまさら清貧な生活などに戻れない。

 新たな契約といっても、どれだけの対価を吹っ掛けられることか。


(あの娘を王宮で養う方が安上がりだと、魔法契約で縛ったというのに……)


 魔法契約で縛るだけでは不満もでるだろうと、婚約者も用意したし、教育や生活にかかる費用を惜しんだりはしなかった。

 贈り物だって沢山したのだ。

 それだけ気を遣ったのに、あの魔女は逃げていった。

 

(防護壁の費用を払うどころか、不敬罪で首をはねてやりたいくらいだ)


 イライラする国王の前で、鶏が甲高い鳴き声を上げながら第三王子に姿を変えた。


(こいつのせいで……)


 国王のイライラは止まらない。


「おい、第三王子」

「クケェェェェ……。あ、父上。私はクラウスだと何度も……」


 第三王子は、もとから国王の覚えがめでたくなかった。

 国王はクラウスに普通のことを普通に言われただけで、普通に腹が立った。

 だから命令した。


「第三王子でも、クラウスでも、さして違いはなかろう。お前、今日から臣籍降下して男爵位だ」

「……はっ⁈」


 ポカンとするクラウスの表情を見た国王は、更にイラッとした。

 このバカ息子は、既に子どもではないというのに、全く立場が分っていない。


「まったく。側妃から生まれたお前に第三王子の地位を与えてやったというのに。なんだこのざまは」

「ち……父上?」


 愚かなる第三王子も、父の異変に気付いてオロオロし始めた。


「えっ⁈ なに⁈」


 牛から人間に戻った男爵令嬢が驚いた様子で言う。

 状況が把握しきれない男爵令嬢は、クラウスの横でキョトンとしている。

 この女も国王は気に入らない。


「あーもうっ!」


 せっかく魔法契約で縛っていた魔女を解放するとは何事か。

 しかも当人たちは自分たちが何をしでかしたのか理解している様子はない。

 何から何まで気に入らない第三王子に、ついに国王の堪忍袋の緒が切れた。


「魔女すら満足につなぎとめておけないとは! しかも、この騒ぎだ! 能力がないにもほどがあるっ!」

「父上?」


 本気で驚いている第三王子に、国王も驚いた。そして呆れる。

 こんな奴は叱ってやる価値すらない。

 国王は冷たく侮蔑に満ちた表情を浮かべると、息子に向かって追い払うように手を振った。


「だから、お前。お前は、今日からは男爵だ。家名は勝手につけていいぞ。おい、宰相」

「はい、陛下」


 側に控えて成り行きを見守っていた宰相は、スッと国王の側に近寄った。


「このバカ息子に適当な領地をやって、城から追い出せ」

「承知しました」


 国王と宰相のやり取りの中に、クラウスの入り込む隙間はなかった。


「父上⁈ 父上~!!!」

「えっ⁈ クラウスさま⁈ クラウスさまぁ~!!!」


 驚いて騒ぎ立てるクラウスの横で、男爵令嬢も金切り声を上げた。


「そこの令嬢、うるさい」


 国王が目で合図すると、男爵令嬢は衛兵に抑え込まれた。


「あっ、レイラ⁈ 貴様、私の愛する令嬢になんて手荒な真似をっ!」

「お前の愛など知らん。そのバカを早く連れていけ。目障りだ」


 クラウスは脇を両側から衛兵たちにガッと持ち上げられた。


「やめろっ! 私はこの国の王子だぞ⁈ 放せっ!」

「クラウスさま⁈ クラウスさまぁ~!!!」


 泣き叫ぶクラウスは、同じく泣き叫ぶ男爵令嬢に見送られ、護衛たちにガッと持ち上げられたまま学園の大広間から運び出されていった。

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