第5話

 袴田の葬儀に出席した僕は、袴田と僕の共通の友人である川北かわきたという男と会話する。


 彼とも十年振りくらいだったから、当然お互い近況報告等の積もる話だってあるけれど、そんなことよりも話さなければいけないことがある。


「眞鍋んとこに連絡着てたんだって?」

「ああ、まあ」


 僕は経緯を掻い摘んで話す。


「あいつさ、俺んとこにも連絡してきたんだ。あ、でも多分時系列的には眞鍋に連絡する前だと思う」


 流石に僕だけが彼の友人だなんてこともないだろうし、旧友と繋がっていてもおかしくはないけれど、てっきりこの一連の騒動の裏事情を知っているのは僕だけだと思っていたから、少し意外ではあった。


「あいつさ、バイトで知り合った木野って人と仲良かったらしいんだけどさ、色々トラブってたみたいなんだよな」


 木野……どこかで聞いた名前だなと、川北の話に適当に相槌を打ちながら記憶を探すが、すぐに思い至る。


 あの墓に刻まれていた名前だ。


「木野さんって人、確か一個上だったかな? その木野さんってさ、すげー優しくて、面倒見が良かったんだって。で、袴田ってああいう性格じゃん? よっぽど忍耐強いか適当な人じゃないと間違いなくすぐに縁を切りたくなるんだけど、でも木野さんは色々と構ってくれてたみたいで、袴田もかなり信用してたんだとさ」


 木野さんとは互いの家に行き来したり、袴田はよく木野さんの家に泊めてもらっていたらしい。あの袴田がそこまで心を許すなんてちょっと想像がつかないけど、自分勝手な奴だったからまあそういうことだってあるだろう。


「んで、袴田さ、馬鹿じゃん? 甘えまくって、めちゃめちゃやってたらしい」


 袴田の悪行の数々を川北は言い難そうに話す。


 それによると、どうやら借りた金を返さないとか、キャッシュカードを持ち出して金をおろしたり、クレカを勝手に使うこともあったんだとか。

 家から金目の物を持ち出して売ってしまったり、バイクだって乗り回していたらしい。


 もちろんそれらは全て断りもなく、勝手にだ。

 しかし、彼は最も悪質なことをしてしまう。

 木野さんの彼女を寝取ったらしいのだ。


「木野さんってさ、めちゃめちゃおおらかで、絶対声を荒げたりしない人らしいんだけど、でもそれがバレた時にすげー怒鳴られたんだって」


 当たり前だろう。というか、怒鳴るだけで済ますなんて十分聖人だと思うが、多分この話はそれでは終わらないんだろう。


「んでさ、その次の日に、木野さん自殺したんだって」

「……なんで」


 彼女を寝取られたことなんて経験がない僕がこんなことを言うのは間違ってるだろうし、亡くなった人をどうこう言うのは倫理的にも問題なのはわかってるけど、つい言葉にしてしまった。


「そんなことくらいで?」


 失恋による心の痛みは凄まじいダメージを負うと聞いたことがあるから、本気の恋をしている人からすると『そんなこと』どころじゃないんだろうけれど、それだけで自ら命を絶つなんて……。


「ま、色々あったんだろうな」


 歯切れが悪いのは、川北も故人に対する発言を憶測混じりに語ることに抵抗があるのかもしれない。


「優しい人ってさ、多分すげー繊細なんだろうな。他人の痛みがわかるから他人に優しくできるんだろうし。でも、繊細な人って、言い換えれば心が弱い人だったりもするからさ。……ちょうど色々重なっちゃってたのかもな」


 川北の情報源は当然袴田本人なので、詳しいのは詳しいのだけれど、でもそれって袴田目線での話でしかないので、袴田に都合のいい話でもある気がする。


「そうでもなかったよ。あいつ、結構気にしてたっつーか、申し訳ないと思ってたみたい。なんか思い詰めた感じだったし」


 結果的に人を一人死に追いやったのだから、これで罪悪感がないとなればもうメンタルが強いとかそういう話でもない気がするし、いくら袴田とはいえ、やはり人の命は重かったんだろう。


「んで、色々考えたんじゃないかな。あいつなりに」

「……その結果が、あの動画作りってこと?」


 力ない笑みで僕の疑問に肯定した川北は「馬鹿馬鹿しいとは思うけど」と続ける。


「あいつなりのみそぎだったんだろうな。多分。というか、袴田って凄く短絡的だったじゃん? んで、そんな単純なあいつだからこそ辿り着いた、最も安易で簡潔な完結……みたいな、そんな感じであの動画を作ったんだよ」


「回りくどいよ川北は。要するに、木野さんへのはなむけみたいなつもりで作ってたってこと?」


 左右にゆっくりと首を振って「木野さんの一番の望みはなんだと思う?」と問いかける。


「袴田の不幸、かな」

「うん。んで、その不幸の最たるものが『死』だっていうのは多分ほぼ全ての人間の共通認識だと思うんだ」


 そうか……と、漸く僕は袴田が何をしたかったのかを知る。

 あの時感じていた違和感はこういうことだったんだ。

 動画自体が餞なら墓を壊して回るなんてことするはずがない。

 花を手向けるほうが余程自然だし、普通の人間ならそうするだろう。

 しかし、袴田が出した答えは『袴田の死』だった。


 でもじゃあ、例えば袴田が通勤ラッシュで賑わう時間の電車に飛び込んで命を落として、果たして木野さんは納得するのだろうか。


 自宅で首を吊って、刃物で心臓を貫いて、どこかのビルから飛び降りて、それで納得するのだろうか。


 袴田は「しない」という結論を出した。

 ではどうしたらいいか。

 そんなことは決まっている。

 木野さんに殺してもらうのが最善だ。

 そう結論付けた。

 ではどうやって殺してもらうか。


 幽霊なんてものを彼が信じていたのかは知らないが、でもここは信じていなくても信じるしかない。何故ならもし木野さんの意思が――遺志が存在するのであれば、それは幽霊という不可思議且つ、文字通り不透明な存在を媒介するしかないのだから。


 そして、自分の前に現れてもらうにはどうしたらいいのか。

 彼は木野家の墓を探し回った。埼玉県内に実家があることから、木野さんが眠る墓地も県内だと当たりをつけたのだろう。


 遺族である両親に訊けば教えてくれただろうに、でも袴田はそんなことはしない。

 自罰的な行為なのか、それとも猪突猛進的な彼の性格からなのか、ひとつひとつの墓地を虱潰しに探し回ることにしたんだろう。


 ただ、単純に探して歩いても、それだけでは足りないと考えたのではないか。

 仮に1つ目の墓が正解だったとしても、そこに行き着いて木野さんが現れるとは限らない。


 いや、多分出てきてはくれないだろう。

 そして、またもや単純な彼は答えを見つける。

 幽霊に取り憑かれるにはどうしたらいいか。幽霊を怒らせるのが一番だ。


 神聖なる場である墓地を荒らし、そして木野家の墓石をめちゃめちゃにする。

 そうすれば、出て来ざるを得ないと、そう考えたんだろう。

 実に馬鹿馬鹿しい。本当に、川北の言う通りだ。

 で、動画にその様子を納めて、配信することにした。


 ……ん?


「あのさ、どうして僕に連絡してきたんだろう」


 川北とは断続的とはいえ関係が続いてたみたいだし、じゃあ川北に僕の役割を与えればよかっただろうに。


「ああ、あれだよ、動画の上げ方わかんないっつってたから、そういえば眞鍋がプログラマーやってるよって教えたんだ」


「いや、それにしてもだよ。結局何も教えてないし、しかも毎回動画を観ろ観ろってしつこくメールとかきてたんだよ」


 川北は手持ち無沙汰でライターを弄りながら一度空を見上げて、僕に向きを変える。


「これは俺の想像だけど……多分、観測者が欲しかったんだろうな」


 観測者……?


「ほら、昔さ、誰にも観測されていない事象は存在してないも同じみたいな話、したことあったじゃん」

 アインシュタインだったか誰かがそんなようなことを言っていた気がするけど、……正直覚えてないな。


「確かその話したの眞鍋だったと思うけど。んで、袴田はそれを覚えてたんだろうな。だから、『観測』してほしかったんだよ。自分の馬鹿みたいな行為を、ちゃんと『在る』って証明してくれる存在が」


「……白羽の矢は川北が立てたけど、ついでに僕に役割を課したのは袴田だったってことか」


 そういうことだなと言って、川北は立ち上がる。


「ま、死んじまったからさ。あれこれ考えたって仕方ないわな」

「……うん」


 僕たちは、自らの行いを反省したやんちゃな馬鹿の自殺を手伝わされたわけで、それは冷静に考えればちょっと腹立たしくもあるけれど、でもなんか、あんなにも自分勝手な奴が、最期はちゃんと謝罪を口にして禊を果たしたんだって考えると、ちょっと嬉しくもあって、袴田っていう頭のおかしな友人を持てたことを少なくとも後悔するつもりは微塵もないって時点で、僕も川北もやっぱりどこかおかしいのかもしれないよなってお互いに考えてたことは同じみたいで、僕らは苦笑しあった。

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Life of Streaming 入月純 @sindri

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