第3話

 今度は連絡が来る前に新着動画がアップされていることに気付いた僕は、再生回数ニ回の動画を早速観てみる。

 またもやブツブツと何かを言いながら、やはり袴田は墓石に何度か蹴りを入れたり砂利を投げたりしていて、静止したかと思うと「はぁ〜」と大きく嘆息した。


 もう飽きてきたのだろうか。

 僕以外の視聴者がもしもいたならば、その人も同じ感想を抱くと思う。


 流石にもう満足したんだろう。殴って蹴って、火を向けて。散々悪の限りを尽くしたんだし、もうやめていいんだよ。そう言ってやりたいところだ。


 しかし、彼はやめなかった。


「もういいや。使えねー」


 そう言って、墓石を倒した。そんなに簡単に倒れるものなのかと訝しんだけれど、実際彼は倒したのだから倒れるのだろう。


 ノイズキャンセル? みたいな機能なのか知らないけど、思ったよりも大きな音はしなかった。ガン! というか、ダン! みたいな。 それだけだった。


 暫く倒れた石を見下ろしていた袴田は、「ここじゃねー」とボソッと言ってから歩き出す。なんとなくガッカリしたような様子にも見えたけど、でも足取りはしっかりとしていた。


 しかし、結局その後は何も起こらず終了。今回の見せ場は墓石を倒すという一点だったということだ。


 たまにはこちらから感想を告げてみようと思い立ち、僕は袴田に電話する。ニ回目のコールが鳴り終わる前に出た袴田は、開口一番「どうだった?」と言った。


「もう罰当たりというか、損害賠償ものだよ。自首した方がいいんじゃない?」

「いや、大丈夫だよ。意外と軽かったし」


 墓石が何kgだろうがそんなことはどうでもよくて、死者が埋葬されている神聖な場で何をやっているんだというそもそも論で彼を詰ると、「だからだよ」と袴田は虚ろな声で返す。


「あのさ、単純に疑問なんだけどさ、怖くないの? 夜中の墓地とか、それだけで普通は怖いんだけど」

「あーまー、うん」


 返事が適当になってきたのはもう問答が面倒になってきているという証拠なので、僕はこれ以上無駄に話を伸ばすことはせず「ま、今回が最後だろうし、動画は消しておいた方がいいと思うよ」と告げて電話を切る。


 しかし、僕のアドバイスなんてなんの役にも立たなくて、その後も彼は動画を上げ続ける。



 次にアップされたのはたったの二日後。しかも場所は別の墓地みたいだった。


 ロケーションを変えて彼がやったことは前回までと概ね同じで、墓石を蹴ったり殴ったり、花火は飽きたのか、紙に火を点けて墓石を炙るようにしてみたり、金属バットで殴ったり、五寸釘と金槌で〇〇家の墓って書いてある部分をガツガツ削ったりもしていて、内容は然程変化はないとはいえ、以前にも増してめちゃくちゃな感じがあった。


 遅ればせながら、ここでやっと鈍感な僕にもことの重大さを理解できた。というか、袴田の異常さが、理解できてきた気がした。


 もう十年前とはいえ、それなりに言葉を重ねてきた間柄だから、彼がたまにする素っ頓狂とんきょうな発言とか頓珍漢とんちんかんな行動に今更驚きもしないと思っていた。自身に思い込ませていたとも言えるかもしれない。


 自分は彼を理解している。だから、こんな突拍子もないことをやっているのも彼のアイデンティティでしかないし、まあ皆さん大目にみてやってくださいよくらいの軽い気持ちで動画を観ていた。


 でも、違った。本当に今更だけど、どう考えてもおかしいだろう。


 深夜にお墓に行くのはわかる。でもここまでだ。これ以上は、これ以降は、もう理解の外だ。


 墓に暴行を加えることも目的不明だけど、いわゆる炎上系ってやつを狙うならもっと視聴者を増やしたいと躍起になるはずだし、他のSNSなんかも活用して宣伝しまくると思う。それだけの行動力は元々ある奴なのだから。でも、何だかそういう雰囲気も感じない。視聴者なんて要らないとばかりに、一切の宣伝活動をしていないと思われる。


 いや、居ても居なくてもどっちでもいいのかもしれないな。

 だったら尚更、なぜこんな動画を撮って、まるで気が違ってしまったかのような振る舞いをして、最悪逮捕やら多額の弁償を請求されるかもしれないことを続けるんだろう。


 そう、付き合いの長さとか、旧知の仲とか、そんなの全く関係なかったんだ。彼には何かが起きていて、その何かが彼を突き動かしているんだ。


 ……突き動かしている? 何が? 誰に?


 考えてても埒が明かない。本人に訊けば一発で明らかになるだろう。

 しかし、電話越しの彼はその真意を教えてはくれない。


「別に」


 単純に言いたくないのか、それとも言い難いことなのだろうか。


「ストレス解消ならもっと他にあると思うんだけど」

「ストレスは溜まってないからなー」


 適当に返した袴田は投げやりにそう返して電話を切る。

 毎度のこととはいえ、ちょっとその態度は失礼ではないか?


 僕らはもう高校生ではなくて、立派な社会人なんだから、せめて最低限の礼節は弁えたほうがいいと思うんだけどと、既に画面が真っ暗になっているスマホに向かって唱えてみるけれど、多分直接その言葉を伝えたところで右から左に抜けてしまうだけだろう。


 何か起きてからでは遅いのにな。

 そんな風に他人事として考えていられたのはその日が最後だった。



 次の動画は翌日。彼は派手に墓石を倒していた。

 またもや遅れ馳せながら僕は思い至る。

 これ、僕も捕まるなんてことはないよな?


 共謀ってわけじゃないし、この動画も共同制作ではないし、僕はアドバイザーですらないけれど、彼と頻繁にやり取りをして、尚且つ感想を求められ、制止するどころか見守っているようなことを言ってしまった。


 ということは、僕もある意味共犯とも言えるし、目の前で犯罪行為が起きるのを座して見守っていただけという罪がある気がしてきて僕は身体をブルっと震わせる。


「もうやめなよ」と今更過ぎるセリフを言う僕に、彼は「続けるよ」とだけ言って電話を切る。


 これは……どうしたものだろう。


 むしろ僕が警察に通報した方がいいのだろうか。というか、するべきなのだろうか。本当は僕が自ら墓地に出向いて彼を止めるくらいのことはすべきなんだろうけれど、撮影場所も時間も教えてはくれないだろうし、それなりに仕事だって忙しいのだから、深夜の一時や二時に気軽に行けるわけもない。


 相談できる相手もいない僕は、何通りものプランを考えながら、一体僕はなにをやっているんだろう……と、自分の現状を嘆いていた。



 そして翌日、意外なことが起こる。


 最早連日動画はアップされている。彼の学習能力はそれなりに高いみたいで、幸か不幸か、彼の動画リストは日に日に充実していく。


 この日はいつもより動画を観ることが憂鬱だったけれど、しかし彼を止められない責任を感じている僕は、何となく観ないわけにもいかないと思い直しサムネをクリックすると、驚くべきことに、再生回数が三桁を超えていた。


 待てよ……と、過去動画の再生数を確認すると、やはりどれも三桁で、多いものだと四桁に届こうとしている。


 どれだけもの好きがいるんだよ……墓場オタクがどっかからこの動画を嗅ぎつけてやってきたのかという想像から、普段あまり見ることのないSNSを確認する。


 僕の勘とやらはそれなりに冴えていたらしく、とあるアカウントが『この動画ヤバすぎ』という書き込みをしていて、袴田動画のURLも添えられている。


 更に、ネット掲示板でもスレッドが立ち上げられ、それに伴い再生数は回転数を早めていく。


 まさかこんな動画がバズるのか……なんて時代だ。

 そんな風に世相を嘆きながら今回の動画を確認する。

 そこは新しい墓地だった。埼玉にある墓地は十や二十ではないだろう。

 規模の大小合わせれば数十か所は余裕で超えるはずだ。


 だからこそ僕には特定しようがないし、虱潰しに探すのもとんでもない労力を要するだろう。

 袴田は僕が知らない墓地で僕の知らない人の墓石を僕が見たこともないような道具で殴りつける。


 バールのようなものというのはこういうものなのだろうか。なんか工事現場とかにありそうといえばありそうだけれど、一体どこから調達してきたんだろう。そういえば袴田は肉体労働系の仕事をしていたし、きっと作業現場からでも持ってきたのかもしれない。今もちゃんと仕事をしているのかは知らないが。というか、連日深夜にこんな怪しい行動をしながら昼間働けるわけもない気がする。


 今日もきっちり四分台で動画は終わる。五分以上撮影をしないのは撮影しているスマホの容量的な問題なのか、それとも何か理由があるのだろうか。


 いや、多分理由なんてない。単純に四分くらいで飽きてしまうのだろう。


 袴田の行動原理なんて考えても無駄だと僕は知っている。

 でも、彼の行動理由は知りたい。


 だから僕は電話をかける。でも彼は出ない。いつもなら一回のコールで出る勢いなのに。


 もしかしたら再生回数が増えて視聴者がついてくれたから、僕は晴れてお役御免になったのかもしれない。


 それならそれでいいのかな……?

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