第2話

 あれから五日後に「動画上げたから観てくれー」という内容のメールが送られてきて、僕は仕事で疲れた身体を入浴で少しだけ回復させ、アルコール三%のチューハイを飲みながら送られてきたURLをクリックした。


 相も変わらず精気のない顔で「こんばんはー」と適当な挨拶で始まった動画は、時間も前回と同じく約四分で、場所も同じく墓地だった。墓地の見分けはつかないから、多分同じところだとは思うけど。


 ただ、内容は少し違った。どうやら今回は墓地を散歩するらしい。


 まあ、この間観たやつは、ただ突っ立ったまま思い出話しと個人情報をひたすら垂れ流すだけだったし、そう考えると今回の方がまだ面白味がありそうかな。そういえば深夜――かどうかは分からないけど、とりあえず夜に墓地を散歩する動画ってあんまりない気もするし、これはこれでニッチな人気動画になり得る可能性を秘めているのかもしれない。


「あー、くれーなー。灯りどっかにないかー」


 ブツブツと文句を垂れながら、スマホを持ち墓地参道をフラフラ歩く袴田。


 ただそれだけだった。


 何が起こるでもなく、墓地内部がどうなっているかの実況もなく、怖がる素振りも見せず、ただひらすら歩いている。それだけだった。

 四分七秒で動画は終わる。当然お別れの挨拶も、観てくれてありがとうの感謝もなし。薄暗い道を覇気のない男が歩いて終わる。


 ある意味斬新……なのかな。まあ、本人が満足してるならいいや。


 日に日に動画作成スキルが上がっているらしい袴田からの連絡がきたのは、四日後だった。

「観てー」というシンプルなメールをもらい僕はURLをクリック。


 やれやれ、また退屈な動画を観せられるのか。とはいえたったの四分くらいのものだし、古い友人が新しい趣味を見つけたことを喜ばしく思えばいいのかなとか楽観的にコーヒーを口に運びながらボーっとPCモニターを観ていた僕はコーヒーを吹き出しそうになる。


 袴田が墓石を蹴りまくっていたからだ。


 いつものように薄暗い映像で始まった動画はどんよりとした空気のまままたボソボソと袴田が何かを喋っていて、フラフラと歩き出してから十秒ほどで足を止めた袴田はふーと嘆息した。あーまた同じパターンかと思いきや、直後にバン! とあんまり大きくはない音を立てて袴田は墓石を蹴った。


 おいおい、たった数日前に、自分のものとはいえ個人情報の流出をしたかと思ったら、今度は器物破損の罪を被るつもりなのか。

 突然のアナーキーさ全開に、僕はちょっと引いてしまう。ちょっとどころじゃない、結構引いてしまった。


 しかも、一発ドカンと蹴ったんじゃなくて、何度も蹴りを入れているからほんとにヤバイ奴っぽい。

 今回の動画も四分くらいで短いから、僕が目にしたその蛮行は四分間だけで済まされるけれど、もしかしたらこの後も蹴り続けていたのかもしれない。


 視聴が終わった僕は素直な感想をメールにしたためる。


『頭がおかしいです。警察に捕まります』


 メールを送って一分も経たない内に僕のスマホから着信音が鳴る。


「もしもし」

「観てくれたんだな。どうだった?」

「感想送ったけど。ヤバイ奴だね君は」

「どうだろうな。でもお陰でだいぶ編集も得意になってきたよ」


 編集らしい編集なんてどこにも痕跡が見当たらなかったけど、彼は彼なりに何かを編み集めていたんだろう。


「で、この後はどうなるの?」

「はは、気になるか? まあ楽しみにしててくれよ」


 楽しみにはできないけれど、正直どこまでいってしまうのか気になるのは気になる。

 この動画は世界中の人が観れるわけで、そして当然埼玉県の人も観れるわけで、その中にはこの墓地の関係者やその近親者、檀家さんだっているだろう。


 彼らが袴田の異常な行動を許容するとは思えないし、何かしらのアクションを起こすのは間違いない。


 でも、こんな再生回数一桁の動画を誰が観るんだという話でもあって、しかも六回の再生回数の内一回は僕で、残りは全部袴田かもしれないのだから、誰も観ていないと思って差し支えない気もする。


 とはいえ。


「あんまりやり過ぎない方がいいよ」


 当たり障りのない、至極真っ当な注意をした僕に袴田は「おう」と短く応え、電話は切られた。



 無茶苦茶な動画を観せられてから三日後に「感想くれー」というメールが着ていることに気付いたのは袴田が送信してから十時間近く経過してからで、その後もしつこく「はやくはやく」と急かす内容のメールが続いていた。


 何度も返信するのは面倒だし、とりあえず動画を視聴してからにしようと一旦無視する。


 やっぱりURLは貼られていて、PCで再生。というか、流石にチャンネル登録したし、別にわざわざ知らせてくれなくてもいいのになと、最早お馴染みとなった薄暗い映像に目をやる。


「えー、今日はちょっと趣向を変えてみようと思います」


 そう言ってカメラを脇に置いて、袴田は墓石に向きを変えた。

 彼の右手には小さな物が握られていて、左手には細い棒を持っている。


 目を凝らしても何をやろうとしているのか分からなかったので、モニターの明度を上げようとキーに手を伸ばした瞬間、プシューシャーパチパチプシューという音を立てて火花が画面に映る。


 もちろんその光は彼の左手から放たれている花火の火花で、あろうことか墓石に向かって手持ち花火をしている。


 十数秒で萎れてしまった花火は微かな煙と燃え残った棒だけを残して終焉を迎える。しかし袴田はそれを許さないと言わんばかりに、第二、第三の花火に点火。プシュープシャーと音を立てて墓石に火の粉を浴びせている。


 罰当たりなんてもんじゃない。というかそもそも誰の墓だ、それは。


 いや、別に自分ちの墓ならやっていいってわけじゃないけど、知らない人の墓石になんてことをしてるんだこの男は。


 その光景は十数回繰り返され、最後の線香花火を墓のてっぺんに落とし終えた袴田は、ただ黙って墓石を見つめている。


 休む間もなく点火された花火が出した白煙は、まるで心霊写真では定番の白い靄みたいにも見えて、なんだか不気味な演出になっていたけど、これを意図してやったものだとは到底思えない。多分、袴田は視聴者に向けてこう感じて欲しいみたいな思いは皆無だと思う。これは袴田がやりたくてやっていることなのだから。誰かに観て欲しいってわけじゃないはずだ。


 あれ、でも僕には散々感想を訊いてくるよな。あれはどういうことなんだろう。

 彼の意図や動画作成の目的を考えていたら、四分十八秒の動画はとっくに再生を終えていた。


 なんだろう。何がしたいんだろう。

 ああ、そうだった。感想メールを送らなければ。


 さてなんて送ったものかと思案しながらスマホに手を伸ばした矢先、測ったかのように袴田からの着信。


「どうだった?」

「どうもこうもないよね。とんでもない罰が下ると思うよ」


 冗談ぽさを極力なくし、敢えて真面目なトーンでそう告げると、袴田は数秒沈黙し、「はは、望むところだよ」と嬉しそうに言った。

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