Life of Streaming

入月純

第1話

「動画の作り方を教えてくれないか」という袴田はかまだからの連絡は突然だった。


 高校を卒業して以来だから、彼の声を聞いたのはもう九年振りくらいだ。


「えっと、動画って何? っていうか、え、動画?」


 動画なんてスマホの動画モードで撮影すれば完成するわけで、正直何を言っているのか意味がわからなかった。


「そう。ネットにアップするんだよ。動画サイトに」

「ああ、なるほど。で、どんな動画を作りたいの?」


 アップするだけなら『アップロード』をクリックすればいいだけだから、小学生でもできる。それならわざわざ僕に訊くまでもないだろう。

 ということは、何か特別な動画作成をしたいということなんだろうけれど……。


「いや、普通の動画でいいんだ。――普通っつうか、まあ、字幕とかは入れなくていいし、BGMも要らない。普通に動画をアップしたいだけなんだけど」


「それなら簡単だよ。スマホ持ってるでしょ? それで撮影して、後はPCにデータ移して――ああ、スマホからでもできるか。どっちにしても、動画サイトに『アップロード』っていうところがあるから、そこをクリックすればできるよ」


 正直、ちょっとネットで検索すればすぐに出てくるだろうことをなんで僕に……という僕の心を読んだかのように彼は理由を述べた。


「いや、眞鍋まなべさー、今プログラマー? とかやってんじゃんか。ネットとかパソコンとか詳しいんじゃないかなって思ってさ」

「あー、そういうことか。でもプログラミングとかは関係ないと思うよ。今や子供でも気軽に動画を上げてる時代だし、やり方も随分シンプルになってるから」


 ふーんとか、へーとか、適当っぽい相槌を打たれながらも、どこか懐かしさを感じてしまい、ああそういえば袴田ってこんな奴だったなーとか高校時代に思いを馳せていると、「じゃ、またわかんないことがあったら訊くわ」と一方的に電話を切られてしまい、何だか肩透かしというか、求められていた役割をちゃんと果たしたのか心配にもなってしまうけれど、昔から一方的に悩みを告げて、気が済んだらその場を去っていくような自分勝手な人間でもあったし、今更腹を立てることもない。


 まあ、何かあったらまた連絡が来るだろうし、とりあえず放っておけばいいか。



 それから十日が経ち、再び袴田からの連絡を受ける。


「言われた通りに作ってみたんだ、動画。ちょっと観てくれるか?」


 土曜日の朝七時にそんな電話で起こされ、なるべく不機嫌な声にならないように「ちょっと待って」と急かす袴田を制し、PCの電源を入れる。

 どちらかと言えば倹約家に属する僕が珍しく大金をはたいて買ったそれなりに高性能なPCは数秒で起動し、ブラウザを開いて流れるように動画サイトのブクマをクリック。


 袴田に言われたタイトルでサイト内検索をするとすぐにヒットする。

 再生回数三回。多分全部袴田自身が回した数字だろう。


 動画時間は四分で、サムネは薄暗い背景の前に袴田が立っているという、シンプルというか、なんか全くやる気の感じさせない手抜きそのものみたいな簡素さを醸していて、これは伸びないだろうなと思いながらもとりあえずクリックしてみる。


「どうだ? できてる?」

「ちょっと待って。まだ始まったばかりだから」


 偏見もあるだろうけれど、僕が思い描く一般的な動画クリエイター達のイメージは、「はい、どーも!」みたいなテンションで面白くもない話を笑いながら話して誘い笑いを演出するみたいな感じだったので、「えー、見えてますかー」と、ダラダラ喋り始める袴田に絶句というか、せめてもうちょっと声を張れよと突っ込みたくもなったけれど、このテイストこそが袴田が演出したいなにかなのかもしれないので、黙って動画を観続けることにする。


 どうやら撮影場所はどこぞのお墓らしい。

 僕が知っている墓地ではなさそうだし、どこで撮ったんだろう。


 ちなみに、僕は高校を卒業すると同時に地元の埼玉を出て上京し、二度の引っ越しを経て今は千代田区にて一人暮らしを満喫している。

 先日の会話から、どうやら彼は未だ地元にいるらしいので、恐らくそこは埼玉県内のどこかしらの墓地なのだろう。


 動画の中の彼は言う。


「えー、今日から始めました。はじめまして。つーか、何を喋ればいいんでしょうか」


 ブツブツそんなことを言いながら、明らかに片手にスマホを持って自撮りしているのが分わかるブレ具合を、僕は何だか微笑ましく思ってしまう。


「えっとー、そんじゃー自己紹介をします。名前は袴田裕太ゆうた。歳は二十七です。あとはー、まあ、埼玉に住んでます」


 おいおい袴田くん。いきなり個人情報を羅列してどうするんだよ。というか、まだ再生回数は少ないけど、もしこれがまかり間違ってバズったりでもしたら、君の個人情報は瞬く間に日本人どころか世界中の人の知るところとなってしまうんだよ。


「まあ、喋ることって意外とないなー。あとはじゃあ最近あったことでも話すかなー」


 そんなテンションで三分ほど適当に喋ってから唐突に動画は終わる。


「全部観た? どうだったー俺の処女作は」


 スマホから流れてくる声は数秒前までPC画面でモソモソ喋っていた人間と同じ人物だった。こういうのって、なんかちょっと不思議な感じがするな。


「いや、まずね、なんで名前なんか言うの」

「だって名前覚えてもらえなきゃ俺のことも誰だかわかんねーじゃん」

「いやいや、だったらせめて偽名でも使いなよ。本名言う必要ないし、これ下手したら実家とかも特定されるよ」

「別にいいよ」


 よくないだろ。実家には両親だっているだろうし、たしか歳の離れた妹と弟がいた気がする。


「袴田さ、急に動画撮りたいって、どうしたの? なんかあったの?」


 もしもハイテンションで「どうもー!」って叫ぶオープニングを見せられてたら、ああそっちに楽しみを見出したんだなと素直に納得できるけれど、少なくとも画面に映った彼は全く楽しそうではなかった。


 やらされてるんじゃないかってくらい、とことんやる気がなかった。


「いやーやる気はあるけどさー。ま、とりあえずあれで良さそうならそれでいいんだ」


 さよならの挨拶もせずに電話は切られる。本当に自分勝手な奴だ。


 でもまあ、どんな内容にせよちゃんと動画はアップされていたし、これで本人が満足だって言うのであればまあいいんじゃないかと無理矢理納得して、休日ルーチンの一つでもある惰眠貪りタイムを開始した。

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