010号室 魔道具
カウントダウン残り【3】。
その日も紅介は帰宅してすぐ調査隊の面々とともに地下へと潜っていた。
昨日までに攻略した部屋の数は三つ。残りは四つ。本日の予定ではそのうちの二つから三つを攻略することになっていた。
「まあ、今日はそれだけじゃないがな」
「どういうことだ?」
白郎の言葉に紅介が首を傾げる。
すると、にやりと笑った白郎が懐から扇子を取り出した。雪の結晶のような模様があしらわれた扇子である。
「お前が学校に行っている間に萩倉と攻略済みの部屋を調査していたところ、お前の短剣のように地上に出しても消えないものが見つかった。この扇子がそうだ」
白郎が紅介を扇子で扇ぐ。涼やかな風が頬を撫で、厚着をしている紅介は気持ちよさげな表情を見せた。
「このとおり、どうやらこの扇子は扇ぐと涼しい風が吹くらしい。サウナに持ち込んで検証したが確かだった」
「おかげで風を引きそうだったぜ」
おっさんふたりがサウナに扇子を持ち込んで互いに扇ぎあっている場面を想像し、紅介は吐き気を催した。
「なるほど、つまり地下の部屋には紅介くんの持つ武器や、その扇子のような特殊な効果がある道具があるということですね」
「ゲームで言うところの魔道具だな」
東堂の言葉に紅介が頷く。
ふたりが納得したのを見て、白郎は満足気に頷いた。
「というわけでふたりにも魔道具探しを手伝ってもらいたんだ。なにせ、俺と萩倉が朝から探してようやく一個見つけられたくらいだからな」
白郎が遠い目をしながらいう。
魔道具が各部屋にひとつあると分かったところで、部屋には大小さまざまなものが置いてある。それをひとつずつ地上に持ち出して確認するというのは気が遠くなる作業である。
だが、もし強力な武器や事件を便利な魔道具などが出れば事件解決に役立つかもしれない。
紅介と東堂は顔を見合わせて頷くと、魔道具探しを手伝うことになった。
▼
「ぜんぜん見つからねえ!」
魔道具探しを開始してから約二時間。部屋にあるものを片っ端から地上に持ち出しているが一向にそれらしきものが見つかる気配はなかった。
だが、手当たり次第にものを外へ持ち出しては消滅させているのだから部屋は綺麗に片付いているのだろうと思うがそうではない。地下の部屋から持ち出したものは黒い靄となって霧散するのだが、一時間もすればもとの場所で復活してしまうのだ。
故に消滅させる前にチェックリストに入れるという余計なひと手間があるせいで作業が遅れてしまうのだ。
それでもすでに部屋の約七割はチェックリストに入っている。少なくともあと一時間以内魔道具が見つかるのは必然だった。
「見つけたぜ!」
紅介が魔道具を見つからないことを嘆いた直後、どたどたと忙しない足音を響かせ、萩倉が部屋に入ってきた。
彼の手にはアヒルの人形が握られている。足がついているが見た目は風呂に浮かべるアレである。
「これがこの部屋の魔道具なのか?」
「なんというか……」
「しょぼいですね」
白郎、紅介、東堂の順にリアクションを返す。皆一様に微妙な表情をしていた。
せっかく魔道具を見つけたというのに薄い反応を返された萩倉はそれが面白くないと感じたようで、どこかイラついた様子でアヒルの人形を頭上にかかげた。
「ま、魔道具なんだ! 見た目からは想像できないすげえ力があるはずだ! さあ見せやがれ、魔道具よ!」
そう叫びながら萩倉がアヒルの人形を地面に置く。
すると、アヒルの目が黄色く光った。
「クェクェ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「クェクェ」
アヒルは本物そっくりの鳴き声を発すると、その場をぐるぐると歩き回り始めた。
やがてアヒルは萩倉をバカにするように彼の足元を回り始める。
「このクソ鳥があ!!」
「クェクェ」
期待をことごとく裏切られた萩倉が鬼の形相でアヒルを追いかけまわした。
しかし、アヒルは自我があるかのように萩倉の攻撃を華麗に躱す。
そのあまりに洗練された逃げのテクニックに紅介たちが歓声が上がる。
「さすが魔道具。逃げるのが上手い!」
「持ち主から逃げる魔道具ってどうなんだよ!!」
紅介が煽ると、顔を真っ赤にした萩倉が答える。
彼はなかなか根性のある男で諦めずにアヒルを追いかける。尤も、そのアヒルは萩倉の頭の上に乗っかっているのだが。
アヒルにおちょくられている萩倉を見て笑う一同だったが、東堂は突然素に戻る。
「しかし、これは困ったことになりましたね」
「困ったこと?」
「ええ、魔道具探しはモンスターと戦う時、または事件解決に役に立つと思い行っているわけです。ですが、今のところ役立つものは紅介くんの短剣のみ。三分の二が外れとなると、続けてよいものやら……」
「確かに宝探しに気をとられて本筋が進められないってのは本末転倒だな」
白郎は東堂の言葉を噛みしめると、深く頷いた。
「よし、宝探しはキミたちが学校に行っている間に俺と萩倉で行おう。全員揃う午後からはモンスター討伐に専念することとする。なにか意見があれば聞こう」
「いえ、ありません」
「面倒なことをやらなくていいなら大賛成だ」
東堂と紅介の賛同を得て、白郎が満足気に頷く。
彼はそれから少し瞑目すると、カッ目を見開き、目の前を飛んできたアヒルの人形を捕まえた。
「萩倉。いつまで遊んでいるつもりだ。これからモンスター討伐に行くぞ」
「遊んでたわけじゃねえよ……」
結局アヒルを捕まえられなかった萩倉は悔しそうに部屋を出て行った。紅介たちもその後を追う。
調査隊は一度地上に戻ると、防具を着込んで再び地下に戻った。
手前から四番目の部屋の前に集まる。
「それじゃあ編成はコウを先頭に……」
「玄谷さん。オレにやらせてくれ」
「萩倉? まあ、構わないが……」
白郎がいつものように指示を出そうとすると、萩倉が名乗りを上げた。
白郎はあまり乗り気ではない様子だったが、萩倉の気迫の押されて了承する。
どうやら先程の魔道具におちょくられたのが相当頭に来ているようで、今の萩倉は触れるもの全てを傷つけそうな迫力があった。
「それじゃあ、行くぞ!」
例によって、白郎が扉を開け、全員で中に突入する。
しかし、そこからはいつもの通りとはいかなかった。
「おらあああああ!!」
「萩倉、待て──」
白郎と東堂でトイレとバスルームを確認しようとしたそのとき、萩倉がリビングへと突入していったのだ。
白郎の制止も振り切って駆け出した萩倉はゴブリンを視認すると、初めにゴブリンの背中を蹴り倒して、丁度いいところに来た頭を金属バットで何度も殴りつけた。
「おらおらおらおらおらおらおらおらああああああああ!」
「ぎ、ギィ……──」
どこか劇画的な顔つきを見せた萩倉は、戦術もなにもない勢い任せの攻撃でゴブリンを倒しきってしまった。
ゴブリンの苦しそうな断末魔が黒い靄となって消える。
「しゃッらああ!」
「バカ野郎!」
興奮して勝鬨を上げる萩倉に白郎のゲンコツが落ちる。
そこでようやく我に返った萩倉を白郎が睨みつける。
「ひとりで勝手するな! お前の自分勝手な振る舞いが俺たち仲間を危険に晒すんだぞ!」
「す、すまない……ストレスを発散するだけのつもりが、つい……」
「ついってお前なあ……はあ、お前を先頭にするのは危険すぎるな。次からはサポートをメインに任せる。いいな?」
「そ、そりゃないぜ玄谷さんよう?」
「いいな?」
「……はい」
白郎の殺意のこもった眼光に睨まれた萩倉はゲージに入れられた犬のようにしゅんとして頷いた。
紅介は少し可哀そうかとも思ったが、これに関しては完全に萩倉の自業自得なため、言えることはなにもなかった。
そんなこんながありつつも四つ目の部屋の攻略に成功した調査隊は、魔道具探しは置いておいて次の部屋の攻略へと向かった。
戦闘経験のない一般人の三人がいるなかで結成された調査であるが、五回目の戦闘ともなれば慣れてくるもので、こともなげにゴブリンの討伐を終える。
続く六つ目の部屋も同様に度重なる戦闘にて体力が大幅に上昇した紅介の一撃によってゴブリンはあっけなく倒された。
そうして本日の目標である三部屋の攻略が終了した。
「現在時刻が十時か……そろそろ潮時だな」
「玄谷さん、今の我々のペースであれば今日中に最後の部屋の攻略も可能なのでは?」
撤退を考える白郎に東堂が意見をする。
今の調査隊は一部屋の攻略に大体十五分くらいかけている。休憩時間を合わせても二十分強と言ったところだ。最後の部屋の攻略に時間がかかっても十一時には終われるだろう。
白郎もそのことは理解している。しかし、彼は首を横に振った。
「気が付きにくいことなんだが、生き物を殺すということは必要以上に疲れるものだ。体力的にも精神的にもな。時間という面から見てもそろそろ集中力が欠け始める頃合いだ。その状態で殺し合いに挑むというのは許容しかねる」
「なるほど……ならばせめて偵察だけはしていきませんか。もしかしたら最後の部屋だけ別の場所にもモンスターが潜んでいるかもしれません」
「そうだな……偵察だけならいいだろう」
白郎は東堂の案を受け入れると、全員を最後の扉の前に移動させた。
偵察ということで編成は白郎、東堂、紅介、萩倉の順番だ。
いつもならば萩倉が二番か三番にいるのだが、先程の行動もあって最後尾に回された。
「行くぞ」
白郎の合図で扉が開く、白郎がリビングの扉に張り付いて、東堂と紅介がトイレとバスルームの確認をする。
ふたつの部屋にモンスターがいないことを確認した東堂と紅介が白郎の後ろに戻って並ぶ。
「玄谷さん、どうかしました?」
ふと、東堂が扉に耳を当てたまま動かない白郎に耳打ちする。
すると白郎は難しい顔をして振り返った。
「足音がしない」
「え?」
白郎の言葉にその場にいた全員が首を傾げる。
これまで六つの部屋を攻略してきた彼らにとってそれは明らかな異常事態だった。
東堂が念のため扉に耳を当て、本当に足音がしないかを確かめる。
「確かに、なんの音も聞こえない」
「それって中にモンスターがいないってことか?」
萩倉が小さく首を傾げる。
それは全員が共通して抱いた疑問で、誰もその答えを持っていなかった。
「モンスターがいるかいないか。それは中を覗いてみれば分かることだ」
重い静寂を打ち破り、白郎が言う。
全員が扉に張り付いたのを確認すると、白郎はゆっくりと扉を開いた。
『──!』
直後、扉が大きな音を立てて閉じられた。
他でもない、白郎が思い切り扉を閉めたのだ。
そんな彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。
白郎だけじゃない。萩倉も、東堂も、紅介も。全員が額に汗をかき、荒い呼吸を繰り返していた。
「アイツは、なんだ──?」
紅介の脳裏に先程目にした光景が浮かぶ。
扉が開き、中を覗くと、リビングには確かにモンスターの姿があった。
奴は部屋の中心に座っており、動く気配は微塵も感じられなかった。
緑色の肌をしたゴブリン。ただし、これまで見てきたゴブリンよりも一回り大きく、筋肉質な体をしていた。携帯する武器も棍棒ではなく、石の剣。
それでも、なぜか紅介はそのモンスターに対して恐怖心を感じられなかった。
紅介が心のどこかで安堵した──その時。
じっとして動かないゴブリンの赫い瞳が紅介のほうを向いた。
瞬間、紅介の脳内に幾百もの死にざまがフラッシュ問題のような速度で映し出された。
何百通りもの死にざまを強制的に想像させられた紅介は足の力が抜け、今にも気を失いそうになった。
それでも後一歩のところで踏みとどまったのはこれまでの経験が活きたのだろう。
「あれは、殺意の怪物だ……」
紅介と同じ体験をした白郎が奴をそう評価した。
そう、殺意。
あのゴブリンはたったの殺意ひとつで調査隊の全員を戦闘不能に陥れたのだ。
あまりに圧倒的な力の差に紅介が打ちひしがれる。恐らく白郎も、東堂も、萩倉も同様に。
しかし、白郎はなんとか立ち上がると、全員を助け起こし、部屋の外へと逃げ出した。
「奴がどれだけ強かろうとも、戦いは避けられない。故に──決戦の日は明日。各自、心と体の準備を万全にしておいて欲しい」
「……」
「……」
「……」
さっきの今で、白郎の言葉に反応を返せるほど強靭な心を持っている人間はここにはいなかった。
白郎は三人の沈黙を全て受け入れると、小さく呟く。
「解散……」
白郎はそう呟くと、地上へ上る階段へと足を向けた。
しかし、彼の後ろに続くものはひとりもいなかった。
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