007号室 カウントダウン
会議の開始時間が迫り、紅介が小桃と共に集会室に向かうと、そこには前回の会議よりも多くの住人が集まっていた。今日が日曜であるからなのか、あるいは調査隊の噂を聞いたからなのかは分からない。しかし、彼らは見るからに怪我をしている紅介を見て、どこか現実をつきつけられたような絶望の表情を浮かべた。
「紅介くん。怪我はもう大丈夫かい?」
「東堂さん。はい、動ける程度には回復しました」
集会室に紅介が入ると東堂が近くに来る。どうやら紅介の怪我の具合を心配していたらしく、怪我をした白郎の代わりに気絶した紅介を地上まで運び上げたのも彼だったらしい。
「その節はどうもありがとうございました」
「いいや、礼を言うのは俺のほうだ。俺はあの場でなにも出来なかった。あのモンスターを相手に勇敢に立ち向かったキミを尊敬しているし、感謝もしている」
「はは、そういってもらえて嬉しいです」
目が覚めてから叱られたり心配されることはあっても感謝されることはなかった紅介は東堂の言葉に戸惑った。
東堂はそれだけを伝えたかったようですぐに席に戻っていく。
適当に座っていた前回の会議とは違い、今回は階層ごとにある程度座る場所が決められているようだった。
尤も、調査隊の面々はホワイトボードに近い場所に固まって席が用意されている。東堂は紅介のふたつ隣の席である。
紅介が席につくと、当たり前のように隣に小桃が座る。彼女は余程紅介のことが心配なのかハイハイを覚えた赤子を監視する母親のような目でじっと見つめてきている。
紅介が気まずそうに視線を外すと、入り口の扉が開き白郎が入って来る。
瞬間、場の空気が引き締められる。全員がいつでも会議を始めてもよい状態を作り出す。
白郎が紅介の隣の席に座り、こほんとひとつ咳ばらいをする。
「それでは会議を始めます」
そうして始まった会議はまず調査隊の行動を振り返るところから始まった。
装備を整え、地下へ潜ったこと。そこでマンションの一階と同様の造りの建物を目撃したこと。扉の周りを調べある程度の情報が得られたこと。そして、建物の一室に侵入し、そこで未知の生物と対峙し、戦闘になったこと。
そこまで話すと住人たちはにわかに騒がしくなった。特に地下に未知の生物が巣食っているという事実と、それらが人間に敵対的な生物であることが衝撃的だったようだ。
小桃も紅介が怪我をしたことまでは知っていたがなぜそうなったかは知らなかったようで話の途中から青い顔をしていた。
住人の興奮が収まるのを待って、白郎は説明を続ける。
「無事にモンスターを倒した我々はさらに調査を進めました」
ここからは紅介も知らない情報だ。彼は一言一句聞き漏らさないように耳を皿にして傾けた。
紅介を抜いた調査隊はまず部屋の探索から始めた。リビングを制圧したしたとはいえ、まだ確認していない部屋あるためその確認。幸いそこにモンスターはおらず、戦闘にはならなかった。
部屋の探索の結果いくつかのことが判明した。
まず、部屋の家電などは電気が通っていなくても普通に使用が可能なこと。ガスや水も普通に使えるようだった。
次に、部屋の中にあるものに書かれた文字が地球上に存在しないものであること。これは表のプレートから予感していたことだが、リビングから発見された書物に明らかに地球上のものではない文字が書き込まれていたことから確定的な情報となった。
最後に、地下にあるものは地上へ移動させると消えてしまうということ。これは紅介の短剣という例外が存在するため不確定となった情報だが、白郎はその情報は住人には伏せ、確定的な情報として共有した。
「以上が今回の調査で得られた結果です。質問があるかたはいますか?」
説明の時間が終わり、次は質問の時間となる。住人たちはいろいろと聞きたそうにしているが、誰かが先陣を切るのを待っている様子だった。
蕪城が空気感におののかずに手を上げる。
「地下には部屋がいくつもあったのだろう? 他の部屋にもモンスターはいたのか?」
「ええ、念のため隣の部屋も調べ、モンスターの姿を確認しました。恐らくすべての部屋に奴らはいるでしょう」
「そのモンスターは倒したのか?」
「いえ、モンスターの姿を確認しただけで撤退したので討伐には至っていません。奴らは大人の男が四人がかりでようやく一体を相手に出来るほどの力を持っています。そう簡単に殲滅は出来ないでしょう」
モンスターを倒したと聞いて一縷の希望を抱いた住人から落胆する気配が漂ってくる。
蕪城の挙手をきっかけに次々に手が上がるようになる。
ほとんどが意味のない質問だったり、的外れなものだったりしたが中には有能な質問もあった。
「ゲームなどでは一日経過すると復活するモンスターがいるが、地下のモンスターはそうじゃないのか?」
「先程確認してきたところモンスターの復活は確認できませんでした」
「地下のモンスターが地上に出てくる可能性はあるのか?」
「可能性は限りなく低いと考えられます。地下のものを地上へ持ち出せないように奴らも地上へは出られないでしょう。また、奴らは扉を開けることが出来ないようなので、その点から考えても可能性はほぼゼロであると言えます」
「地下の扱いはどうなるのか?」
「しばらくの間地下は封鎖し、その扱いに関してはマンションのオーナーである蕪城氏と検討する予定です」
白郎は初めから答えを用意してきていたかと思うほどすらすらと質問に答えていった。後から聞いた話ではこれらの回答は予め東堂が考えたもので、彼は考えうるあらゆる質問に対する答えを事前に作っていたのだとか。
そんな事情を知らない紅介は親父すげーと父親を眺めていた。
質問の波が収まると、白郎が小さく息をつく。
「これにて今回の会議は終わりにしたいと思いますが、なにか伝えたいことがある方はいますか」
「俺からひとついいですか」
「東堂くん?」
白郎の呼びかけに手を上げたのは東堂だった。彼は蕪城に目配せすると、話を始める。
「昨日このマンションの七階にある各部屋のプレートの数字が変わっていたことは皆さん周知のことと思います。しかし、今朝再びこのプレートが変えられていました」
「なに?」
東堂の言葉に白郎が反応する。どうやら白郎にも知らされていなかったようで、彼は純粋に驚いていた。
紅介も小桃に事実を確認すると、彼女はあっさりと頷いた。
東堂が話を続ける。
「俺の部屋を例に挙げますが番号は【766】」
「私のところは【761】だ」
東堂の言葉に続いて蕪城も答える。小桃も小さく「同じだ」と言っていたので彼女は【765】だったのだろう。
「どうやら十の位の数字が日ごとに変わるようですね。昨日は七。今日は六」
「それって……」
「カウントダウン」
紅介が何気なく口にした言葉にその場にいた全員が戦慄する。
これまで何の前触れもなく起こった数々の不可解な出来事。それだけでも十分厄介だというのに、事前に予告があるとなると一体なにが起こるというのか。全員が考えうる最悪を想像し、身震いする。
それを見て白郎が皆を落ち着かせるように声を張る。
「プレートの数字が変わっていることは分かりました。しかし、それがカウントダウンだと決まったわけじゃないでしょう。それにカウントがゼロになったからとなにかが起こるとも限らない」
白郎の言葉に住人のほとんどがはっと我に返る。
ここ数日で白郎の株はずいぶん上がったように思う。ここ数回の会議の中心に立ち、事件に積極的に立ち向かう姿が人を引き付けるのだろう。
もっとも、それをよく思わない人間も一部存在しているが、それは今は関係ない話しだ。
「とにかく、プレートの件はひとまず置いておきましょう。もしかしたら明日は変わらないかもしれない。そういうことで今日の会議はこれで終了です」
そういって会議を終える白郎。続々と会議室を出ていく人たちは白郎の言葉を信じているようだった。
しかし、翌日。七階のプレートの中心は【5】に変わっていた。
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