その後の世界


 ええ、ええ、裁判長殿。私は確かにあの場にいました。しかし、私は命令されたんです。そのときは党の命令に逆らえば私が殺されてしまいましたから。だから、仕方なかった。私は決して自分が殺人者とは思っていません。確かに人を殺しましたが、それは命令されてのことです。本当の殺人者は去年にパリで裁きが下ったはずです。もちろん、あの時のことは公開しています。すばらしき人生を過ごすはずだったおなかの子を殺したのですから。

 

 大ヨーロッパ社会主義国はその後も偽の戦争を続けた。支配体制は相変わらず維持され続けた。しかし、数年後、マッカーシー党指導者が死去。マッカーシーはあまりの突然の死により遺言書を書き残していなかったために後継者が決まらない事態に陥った。ベルリンにいるエリート階級は自身が真の後継者であると権力争いが勃発した。しかし、その争いは決着のつかないまま終わりを迎えた。

 ノイエシュテムの生存者が混乱に生じて機密書類を手に入れたのだ。そこには何時何分にジェット爆撃機が飛び、どこの空港に着陸するのかということが事細かく記載されていた。そこにはどの都市を爆撃したのかは一切書かれていない。しかも、一人の党幹部がライバルを蹴落とそうと戦争は行っていないと宣言。党は自らが潤うために国民をだまし続けたことを告白した。しかし、その党幹部には勝利を訪れなかった。

 

 国民は怒り狂った。とにかく、党の人間を見つけては殴り倒した。警察も対応しようとしたが、数で押し切られついには本部を占拠された。そこで手に入れた大量の武器を手にし、国民は武装化。組織の中核をノイエシュテムが担い、大ヨーロッパ社会主義国は内戦状態に陥った。そこでノイエシュテムに手を貸したのは軍だった。

 軍は党の理念を信じていたものが多かった。党は万物の真理であり、我々はその真理を守り続けているためにあるのだと。しかし、結果はただの利用物に過ぎなかった。軍の多数の者はその真実に絶望し、欺き続けていた党を一掃することを誓った。しかし、軍の幹部は偽の戦争の正体を知っていたために反乱軍に拘束された。

 そして、反乱がおこってから一週間後にはロシアが宣戦を布告。奪われていた大量の領土を取り戻した。その二日後にベルリンの党本部は反乱軍により占拠。暫定政府の成立を宣言し、ロシアと和平条約を結んだ。

 その一年後にはパリにて、旧体制のエリート階級に対する裁判が始まった。この裁きを見に来た人々は突然権力を失った犯罪者たちに対し罵詈雑言を浴びせた。世界中からも記者が訪れた。

 被告人たちが展開したのは言い訳であった。その言い分というのはこうだ。「私は知らなかった。勝手に部下が暴走したのが。そんなことなど、この裁判で初めて知った。当時、私がそれを知っていたのなら、その部下は死刑にすべきだった。」

 しかし、そのあとの検察官や証人の証拠提出により被告人たちは沈黙を余儀なくされた。判決は五人が死刑、十人が終身刑、二人が禁固二十五年、六人が三年間の懲罰労働となった。そのあとも、幹部の命令に従った部下たちの裁判も行われた。ラッキーの妊婦である母の腹を切り裂いた一人であるローベルトは死刑を宣告された。

 もし、ハジメがこの場にいたら何て言っただろうか?また、よくわからない理論を学者風にいうのだろうか?いえ、この場合は意外とシンプルなことを言っていたのかもしれない。「これは当然の代償さ。噓をつき続けたのだから。どんなにすごい権力を握っていてもいつかは終わりを迎える。私を含め、人間は正しい権力の使い方なんて知らないのだから。」

 


 この物語であるラッキーや、ハジメ、カミンスキーを知るものはどこにもいなかった。だけど、この物語を読んでくれた読者なお分かりだろうが、彼らは存在したのだ。そして、それを知らせるのがこの物語の意義である。

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美しき人生 @Salinger0910

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