第4話
臨時ニュースです。臨時ニュースをお伝えします。今日十一月十二日の午後七時ごろにベルリンの党本部の党指導者勤務室にてラインハルト・ハインツリヒ党指導者が死亡されたと大ヨーロッパ共産党本部より公式発表されました。党指導者が死亡した場合には党指導者が書かれた遺言書が後継者指名の効力を持ちます。
この日は大ヨーロッパ社会主義国にとって悲劇的な日として記憶されるでしょう。
ハインツリヒ党指導者は全体主義による破壊を食い止め、我々に希望と炎を与えてくれました。党指導者の偉業は必ず後世に誕生する素晴らしき人生を持った子供たちに永遠に語り継がれることでしょう。
僕がすべてを思い出したときに君にハジメの死を告げられた。国家保安警察の銃で何回も撃たれて。だけど、ハジメは一人を道ずれにした。でも、彼は死にたがっていたのかもしれない。彼はいつも何かに悩まされていたようだ。心が何かに侵食されていたような気がする。そういえば、彼はいつもうつろな目で何かを言っていたような。だけど、それはもう教えてもらえない。彼にとっては教えないことがメッセージだったのかな?
僕は立ち上がってそう思った。目の前の世界が何やらぐらついている。だんだんと君の顔も原形をとどめなくなっている。頬に温かいものが流れる。泣いているのだ。
ああ、母さんの時以来かな、こんな感情に襲われたのは。母さんの時は泣いていたのかな?あの時は自分でも何が起こっているのかがわかっていなかった。母さんは何かをつぶやいていた。でも、結局それもわからずじまいだ。だけど、それが何を言おうと今はどうでもいい。まずはハジメが示してくれた北西へ向かおう。
問題は北西にはジェット爆撃機が飛んでいるということだ。ハジメの言うことが正しいのならあれはイギリスを攻撃していないということだ。だとしたら、攻撃対象はハジメの言っていた北西の仲間だろうか。
午後十時までには着く距離だといいが。午後十時からは外出禁止令が敷かれているんだ。例外は秘密警察か党の側近ぐらいだ。それ以外のものが出たとしたら・・。僕は身震いした。収容所行きを免れることは不可能だろう。
僕たちは小走りに歩いた。周りの建物は古びた建物が多い。破壊されたり、材料が朽ち果て崩れている建物。まさしく街そのものが廃墟であり、僕たちに必死に過去を思い出させようと虚しい努力しているかのようだ。人影はどこにもない。
三十分は経っただろうか。四メートルほどの茶色いレンガ造りの壁が見えた。さらに上にはバリケードが張り巡らされている。これが捕虜収容所か。ハジメが逃げ出した場所。そこには、異様な空気が醸し出されている。それはここで死んでいった人たちにより吐き出された息がまだ残っているようだ。彼らは生きている。物質としては存在しなくなっちゃったけど、それでもここにずっと誰かを待ちわびている。風になって。「助けて」僕にはそう聞こえる気がした。ハジメもかつてはここにいたんだ。ここで、過酷な肉体労働と、拷問を受けていた。この壁の向こうで。僕はまた目の前の景色がゆがんできた。また泣いていたのだ。
僕と君は壁沿いに歩いた。なるべく収容所を見てはいけない。まだ、看守がそこら辺にいるかもしれないからだ。
だけど、その心配はいらなかったことがのちに判明した。曲がり角に曲がろうとしたときに一つの大柄な影が現れた。僕はぞっとした。もしかしてだが看守か?
だが、制服は来ておらず、黒のオーバーコートを身にまとっていた。
「こんにちは。」オーバーコートの人はそう言った。
「こんにちは。」と、僕たちも会釈した。そして、僕はこういった。「ここの収容所は今も稼働しているのですか?」
その言葉に男は眉間にしわを寄せた。その堀の深い顔がさらに深くなる。「君たちは誰だね?」
僕たちは一部始終を話した。僕の子供時代、ハジメのことを。
オーバーコートの人は一瞬だけ無表情になって僕を見つめた。緑色の瞳が僕たちを獲物を見るような目でとらえる。そしてこういった。「ハジメが何年か前に私たちのところで言っていた。一人の少年の話を。今、その少年は孤児院にいるが警察にかぎつけられないかと。」オーバーコートの人は微笑んでさらにこう付け足した。「君だったのかい。ラッキー・コルレオーネ。」彼は手を差し出したので、僕もそれに応じた。
僕たちはオーバーコートの人たちと一緒に「ノイエシュテム」の本部に行った。オーバーコートの人は僕たちに説明した。
組織は地下組織であり、基本的に使い古された防空壕に住んでいること。メンバーはかつてこの捕虜収容所から脱走してきたものから、党に迫害されている知識人たちと幅広いと。ハジメもそこに住んでいたが、仲間に僕の住所を知らされたから、かつて救った少年がどのようになっているかを見てくるって。その時にハジメは、私の美しき人生は過去のものになるって言っていた。
「私の名前はベンジャミン・カミンスキー。ハジメと同じでロシア侵攻の際に捕虜になった。今では組織のリーダーを務めている。そうか、彼は死んだのか。」
僕ははじめがよく歌っていた歌について話した。するとカミンスキーさんは笑い出した。
「ああ、Lasser だろ。Minisの。ハジメはその歌が大好きだったんだ。ずっと、口ずさんでいた。捕虜になる前から。銃の手入れをしているときすらも。収容所の時だって。」
僕はこう尋ねた。「そのLasserというのはどういう意味ですか?」
「美しき人生という意味さ。」カミンスキーさんはそう言った。
そうこう話しているうちに、僕たちは一つコンクリートの洞窟の前にたどり着いた。そこに錆びた鉄の門がついていた。カミンスキーさんは「ここだ。」といった。そして、鉄の扉に向かい大声で何かを言った。すると、門の扉が開いた。開いたのは機関銃を持った頑強な男二人だった。「ありがとう。」とカミンスキーさん。きっと、カミンスキーさんやハジメの国の言葉だ。そこはまるで、動物が口を開いて獲物が自分の口の中にはいってくるのを待っているかのようだった。中は暗く入ったら二度と帰ってこれない気がした。
僕たちはカミンスキーさんについていった。中にはいったら、後ろで門が閉じられる音がして、それがあたりに響く。その音が僕の体をうずかせる。
五分ほどで、僕たちは一つの大広間にたどり着いた。辺りには本や、絵画、像、写真を納めたアルバムが大量に棚に保管されていた。どれも見つかれば必ず燃やすように命令されたものばかりだ。
「ここは私たちの組織が身を粉にして奪ってきたものたちだ。ある時は盗み、ある時も盗み、ある時も盗む。その繰り返しでできたのがこの場所だ。」とカミンスキーさん。
「もっと私たちは早く行動するべきだったのよ。」どこからともなく若い女の声が聞こえた。見ると、椅子には金髪の髪を後ろでくくったワンピースを着た女の人が端にある椅子に座っている。
「私たちは早く行動できたはずよ。なぜなら、初代は本を燃やすようなことについてはしなかったから。確かに、一部のものは燃やしたりしていた。資本主義賛美だったり、共産主義の危機を訴えたりするような本には。だけど、物語や学術書については何もしなかった。マッカーシーの時代からよ。すべての知識を敵視しだしたのは。彼は自分こそが歴史の創始者であるということにしたかった。その気になれば海を割る力すらもあるということを、神そのものであるということを。ねえ、わかる?二人とも。」そしてこう言葉を継いだ。「奴は国民から考える力を奪い取った。その結果がこの偽の戦争。永遠に戦争をしていれば、国民は命優先となって、政治のことなんてどうでもよくなる。考えたことある?今日のパンの配給が少ないなんて。」
君も気づいたはずだけど、カミンスキーさんといい、この女の人といいハジメの口調にそっくりなんだ。見た目は全然違うけど、みんなは同じ類の人間だということに僕は気づいた。知識があり、美しき人生を謳歌し、戦争がはじまり、自分の状況を悲観している。
「ああ、君の言う通りだよ。ジェシカ。知っているかい。空を飛んでいる飛行機は実は無人だってこと。だから、兵士も真実を知ることはできない。真実を知っているのは政府のごく一部だけさ。」とカミンスキーさん。
すると、上のほうから爆音が聞こえてきた。それと同時に辺りが激しく揺れる。棚の中にある本やアルバムが崩れ落ちる。大きな長机の下に僕は身をかがめた。君もこの中に身をかがめて。カミンスキーさんもジェシカさんも身をかがめた。
僕は直感で察した。空軍だ。その数はわからないけど、一機ではないはずだ。きっと、五機かそこら辺の数だ。姿が見えないのに、音には殺意が込められた。
「おい、カミンスキー‼指示をくれ。向かい撃つのか。ここも爆撃の衝撃で崩れちまうぞ‼」どこからか野太い声が聞こえる。「こっちには軍用の武器もあるそこには飛翔物用のロケットランチャーもあるぞ‼」
「いや、待つんだ‼ここで向かい撃てば、我々は飛んで火にいる夏の虫。即座にみんながあの世行きだ‼」カミンスキーさんは机の下にかがみこみながら言った。
しかし、爆撃は続く。ほかの人たちも出てきて、攻撃許可を求めている。もはや、銃を携帯している者もいた。
「今なら、新しいアジトに向かえる。覚えているだろう。カミンスキー。森の中の軍事施設だ。あそこならだれもいないし、軍もかぎつけられない。」さっきの野太い声の持ち主が言った。彼の後ろには何十人もの人がいる。みんな心ここにあらずと思わせる表情だ。
「わかった・・。」カミンスキーさんは小声だがこう言った。そういって、机から出てきてこう言った。「ここを捨てよう。裏のほうに非常用出口がある。そこから出て、散らばりながら逃げよう。固まれば、どうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。」
野太い声の持ち主は無言でうなずいた。赤いひげと赤い紙が印象的で、クマのような体格をしている。そして、僕たちのほうを見た。「お前たちも、武器を携帯しておけ。」そう言って、僕たちは小さな機関銃を手に渡された。
僕たちはカミンスキーさんを先頭に外へ出た。外への光を浴びた瞬間だった。カミンスキーさんの頭がなくなった。とっさに上を見ると戦闘機がこちらに向かってきていた。
「逃げろ‼」野太い声の持ち主が言った。
みんなはもう散らばって逃げた。
君、僕についてきてくれ。ハジメが死んだ、カミンスキーさんも死んだ。母さんも死んだ。君まで失いたくない‼
僕と君は走った。どちらも自分がどこにいるのかすらもわからなかった。みんなはどこに行ったのだろう。分からない。分からない。君はいるのか?教えてくれ・・。
僕は倒れた。見るとそこは木々に覆われていた。森?立っている君の姿が見える。どこにいるんだ。
日は沈みかけている。もう帰ろうとしても間に合わない。それは不可能だ。僕はもう歩くことすらできない。意識はもうろうとし、五感が失われているのがわかる。
君は行ってくれ。僕は終わりだ。きっと、ここで死ぬこと運命なんだ。でも、これで母さんのもとに行ける。おなかの子にも会える。僕の世界は暗闇に覆われた。何も感じない。静かな風の音が聞こえる。
目を覚ました。ここはどこだ。木の天井。これが天国か?柔らかな布の温かみが僕を包み込んでいるのが感じられる。
「大丈夫、あんた?」声が聞こえる。女の人の声だ。視界に現れたのはふっくらした女の人だ。そこには木の丸テーブルに座る君の姿が見える。「この人が伝えてくれたのよ。友達が倒れているって。私、びっくりしちゃって。そしたら、傷だらけのあなたがいたの。」そう女の人は微笑んだ。「もし、起きられそうだったら、スープ飲む?」
ああ、僕は助かったんだ。読者の君ありがとう。本当にありがとう。そして、お疲れさま。これで物語は終わりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます