第3話

 祖国の源となるものは勇敢たる人民たちによる血である。その英雄たちの血というものはやがては巨大なる川となり、その川は卑劣なる裏切り者を押し流す。今、我々は川を作らなければならない。裏切り者の足音が近くなってきている。銃を持ち、前進したまえ。この偉大なる計画に参加したものは兵士、将校問わずに祖国の歴史に名を刻むであろう。これらは次世代の素晴らしき人生において記憶されるだろう。

 

 やあ、読者諸君。私の名前はハジメ・タナカだ。今や私は静かになったラッキーの家で孤独にソファーに座り込んでいる。私は読者とラッキーにこう伝えていた。テレビには監視カメラ回路はないと。あれは噓だ。このような監視国家はテレビに監視カメラ装置をつけるのは基本中の基本だ。もちろん警察には見られているんだろうな。

 だが、あれで正解だった。だって、警察はかぎつけているかもしれないからだ。私たち捕虜を脱走させた協力者の息子がここに住んでいると。私はそれを少し早めただけだ。ちなみに私は日本系ロシア人だ。大ヨーロッパ社会主義国の侵攻によってサンクトペテルブルク包囲戦で捕虜になった。あの時の私は十六歳だった。だが、サンクトペテルブルクは守り抜かれ、今は一時停戦という形だ。私はその時にPTSDを患ったんだ。おかげ、寝たらあの時の悪夢にうなされる。目の前で爆発する砲弾。何かの悲鳴のような轟音を立てる戦闘機や爆撃機。飛び交う銃弾。そして、収容所での強制労働。

 読者諸君も見たとは思うがジェット爆撃機が空にたくさん飛んでいるだろう。でも、あれはただ飛んでいるだけだ。爆撃する対象もなければ、そもそも戦争している国すらもない。あれはただ、党が自身の権力維持のためにやっている芝居だ。戦争をしているという演技さえすれば、国民の政治に対する不満も戦争に向けることができる。そして、党がこの戦争を必死に戦っているようにふるまえば、国民は党の言うことに自然に従うことになる。それがこの国の支配体制の正体だ。

 そのことを私は彼に伝えたかったんだが、出て行ってしまったな。ああいうところはあの地獄から連れ出した時から何も変わっていない。だから、読者諸君。お願いがあるんだが、ラッキーに伝えてくれないか?わたしは死ぬ。だが、ラッキーと君は北西に向かってくれ。あそこにはあの捕虜収容所から脱出した時の仲間が古い防空壕を使って外国と接触している。あそこなら、君たちを救ってくれる。頼りがいのあるやつばかりだからな。

 私やラッキーとは違い君は外部世界から干渉している。だから、私の言葉は文字として頭に焼き付けて、ラッキーに伝えてやってくれ。そして最後に個人的なことなのだが伝えてほしいことがある。その言葉はこうだ。「美しき人生というものは同時に醜い人生でもあるということだ。」

 どうやらお別れの時が来たようだ。ガラス窓から一台の軍用トラックが止まっているのが見える。そこから現れたのは数人の黒い制服を着た国家保安警察の野郎どもだ。私を拘置所に連れて行き、拷問したうえで、殺す気だろう。

 だが、このままやられるっていうのもなんだか悔しい気がする。どうせ、捕まっても死ぬし、抵抗しても死ぬなら、抵抗するほうがいいだろう。

 まだ、テレビを撃った時の銃には弾が込められている。私は、閉じられた扉に向かって銃を向けた。

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