訪問者C スー・ケイソウ 2
それはとても寒い日だった。
この土地は年中基本的には過ごしやすい気候なのだが、年に二度だけ気温が大きく変化する。それはとてつもなく暑い期間ととてつもなく寒い期間が一度ずつ。それは一週間で終わる年もあれば、ひと月続く年もあり、学者が研究し、毎年予測を立てた入りもしているが、正確に当てるにはまだ難しいらしい。
この日はその年の初冷日で、誰もがまだ慣れない寒さに凍えていた。
そんな日なのに、いや、そんな日だからか、幻想屋に客じゃない客が来た。
「私、セチア舎から参りました、スー・ケイソウという者です」
セチア舎とは有名な出版社だが、幻想屋の取り扱う本とは縁遠い実用書を主な出版物としている会社だ。
流石無駄に常に店の事考えているショートンが、何の用だと訝しげな顔をしながらもそのカボチャ頭をカウンターの前に招き入れた。
そう比喩でなく、スー・ケイソウと名刺を出しながら名を告げてきた人物はオレンジカボチャの頭が細身のグレーのスーツを着た男(だと思われる。何せ顔が八百屋のカボチャと一緒だから性別を正しく判断するのはケマルには難しい)。高身長の割にやや頭が大きいのは被り物をしていると仮定すれば正しいサイズ感だったが、果たして被っているだけなのか、本当にそれが頭なのかは見た目では分からない。
目の穴は真っ暗でやたらと奥深そうにも見え、口も同じく暗く動かずに話す。声が籠っていることはないのだから、それが彼の頭だと思った方がいいかと対面したケマルはそんなことを考えていた。
まさか寒いから被ってきたなんてことないよな、とケマルが心の中だけで呟いた時、カウンター奥のカーテンから出てきた小さな影がケマルの横を通り過ぎ、スーの後ろに回り込む。
止める間もなくその影は、その服装でよくそんなに飛べるなと言いたくなるほど高くジャンプして、カボチャに飛びかかった。
「フミ!!」
鮮やかに舞う着物の裾は今日は深い紫で、大輪の牡丹の花が煌びやかに描かれていた。
座敷童は着替えを必要としていないと本人に聞いたのだが、気分で変わることがあるのだから、それはどうしているのかと尋ねると、一般の服とは根本的に製法から違う物を、購入する方法があると答えが返ってきた。ケマルは衣服に興味がないので、その時それ以上追及しなかった。
けれど、フミがあまりに綺麗に蝶のように飛びあがったので、ケマルがそんなことを一瞬で思い出したのだが、そんなことが脳裏に過るくらいには目の前の男に敬意を持っていなかったことになる。
寒くなったので衣替えでもしたのか、初めて見る着物だったので余計にケマルはフミの衣装屋の事や外の気温に思いを馳せそうになっていた。
つまり男がフミにどうされようが、どうでも良かったのだ。
それは男がやってきた理由を聞かずとも分かっていたのが大きな理由だった。
見事に頭にしがみ付いたフミはそれをもぎ取ろうとじたばたするのに、首がグラグラ揺れるだけで取れる気配はない。
確かに頭なのだと、店の中に誰もが思っていると、フミの重さに耐えかねたのかスーは床に片膝を着いて首を垂れたかのように頭を床につけている。
「フミ、どいてあげな」
真相が知れて満足したのか、フミはあっさり頭を放し、カウンターに立つケマルの横で台に乗って澄まして立った。
「一体何が……」
フミの動きが素晴らしく俊敏だったためにスーには事態が飲み込めていないらしく、キョロキョロと頭を振っている。
「あー、・・・・・・それでご用は?」
言い訳するのも面倒で、歓迎している客ではないのを理由にケマルの中ではなかったことにした。
営業だけあってか混乱を物ともせず、スーは立ち上がりスーツの乱れを直すと何事もなかったかのように営業スマイルを浮かべた(ような気がした)。
さっきまでいなかった存在を目に留めて温かさの籠った声を出す。
「可愛いお子さんですね」
「俺の子じゃねーけど」
営業としてのタフさは認めるが、下調べが足りやしないかと内心で舌を出して追い出す算段を付ける。
動かないカボチャの表情は微笑んているようにも見えるが、そんな風に彫られているだけなので声色での判断しかできない。さっきみたいなことがあっても本当に気にも留めていないのか、後で会社で愚痴るのか、実は深く根に持つのか。改めてケマルは渡された名刺と目の前のカボチャとを見比べながら、どうしたらいち早く退散願えるか考える。
「それで、ご用は?」
「はい、私共このような書――」
「それくらいは知ってますから、本題は?」
スーが鞄からいろいろと取り出そうとしているのをあからさまに渋い顔で阻止して、ケマルは自分の想像が当たっているか念のため来店の理由を尋ねた。
「実は私達に手助けをさせていただいて、本を出版なされませんかというお願いに伺ったのですが」
「ウチは本を売る店で執筆などは従業員でもしている者はいないんですけどね」
想像通り過ぎて溜息が出そうになるのをなんとか堪えて追い払う台詞を述べると、少し離れて本を整理しつつ聞き耳を文字通り立てていたのが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「旦那!! 従業員って僕のことっすよね! 僕っすね!」
「はいはい、ですからお引取りください」
本物の犬のように纏わりついてくるショートンを手で押し返そうとしながら、引きつった笑顔をスーに向けた。
けれどそんなことで引き下がるわけもない営業職は変わらぬカボチャの笑顔で溌剌と言葉を続ける。
「まあそう言わず、話だけでも聞いていただければ悪い話では決してありませんよ」
「本を出すつもりはありませんし、それにあなたは話をする相手を間違えてますよ」
「……店長さんでは?」
「ここの店長は俺ですが、あなたが出したいと思っている本は俺に話しても意味がありません」
内容について全く話題にしてないが、分かり切っているものを言葉にするのも煩わしくて端折った。それにスーはあっさり乗って内容を話すことはなく、軽く首を傾げて明るい声を発した。
「えーっとそれじゃ、誰に伺えば」
こいつは本当に営業するつもりがあるのだろうか。そうケマルが不審に思うほどこの店のことを知らなすぎた。
店の内情を知っている者が多いという意味ではないが、隠していることでもないのだから調べられる。ましてや業界の者ならばケマルはこれまで何人も、それこそケマルの手では数え足らないほど追い返しているのだから、少しぐらい噂になっていても不思議ではない。種族によっては腕の数も違うから、指で数え切れるのもいるかもしれないけどと、ケマルはふと自分の両掌を見てしまった。
もうかなり面倒になってきていて、気が散ってしまっている。
こんな真正面からやってきて、普通に営業をかけようとしてくることがもはや斬新に感じるほど出版者の営業や編集はあれこれ手を変え品を変えやってきていた。
ともかくここのとこ幻想屋に営業にやってくるほとんどは魔法屋の方に用事がある者だ。
「いつ来るかなんて俺が管理してるわけじゃないんでね、どうしても話がしたいならこっち、店の邪魔しないならそこの椅子にでも座って待ってればいいさ」
ケマルは店の隅を指し示す。そこは魔法関連の品が置かれているスペースのさらの端で、よく分からない布が積み重ねられていて、天井や壁には薬草らしきものが所狭しと干されている店内なのに鬱蒼とした場所だった。
メイプルに会ったところで出したい本の話なんか聞いてもえないだろうこともケマルは見知っていたが、そんな優しさすら面倒で丸投げした。
スーはあっさりと、これもまたこのところの営業には珍しくケマルたちに媚を売ることなく、有り難く待たせて頂きますと言いながらその場所にケマルが目だけで勧めたスツールを持っていって腰掛けた。
そして数時間後やってきたメイプルに案の定怒鳴られて追い出されていた。
ファンタジーはマジカルじゃない! 雉虎悠雨 @kijitorayu
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