訪問者C スー・ケイソウ 1

一般の魔法屋を探してきていてはそこだと思うものはまずいない。その『魔法屋』の特徴を前もって調べている者だけが運よく辿りつける店だ。

 巷の一般の魔法屋ならば、普通は一目でわかることが多い。

城を要とした扇状に広がる城下には魔法屋という商売をしているところはいくつもあるが、ちゃんとした店名があるのが普通だ。例えば、『魔法屋 ゲンベイ』とか『魔法屋 パドリック』とか、店主の魔法使いの名がそのまま店名になっていることが多く、その名の過去の功績が店の良し悪しの判断材料にもなっていたりする。つまり、優秀で有名な魔法使いがやっているというのが魔法屋の大事なステータスということだ。

 しかし人々にただ『魔法屋』と呼ばれているその店の看板には書店と掲げられており、店主も本屋として店を開けている。だから店主は魔法使いではないし、それどころか魔法に関する知識はほとんどなかった。なにせ本屋だから。

 魔術品の品揃えのみの評判で初めて来る者はまず迷い見つけることができない。どうしてもと探し物をしている人が、情報を集めたり近くの人に尋ねた後でようやく見つけられても、その扉の前で戸惑い、そして店に入っても尚、そこが魔法屋だとは思わない。

 目の前に広がるのは本棚だから。当然だ、本屋なのだから。


 けれどその店はとても有名に間違いなかった。様々な魔法を取り扱い、素人から専門職まで幅広い客が訪れ、めずらしい商品がそこにはあるともっぱらの噂になっている。

薬類はよく売れる。良薬、毒薬、惚れ薬、変身薬。効果は値段に反映されているが、その分確かな効き目がある。魔法そのものも、使い切りのものから習得可能なものまでいろいろあるが、そこは客の資質も重要であるため、誰でもどんなものでも買えるわけではなかった。

 城下には書店も多いため、その中で生き残るために『魔法屋』と呼ばれる本屋になったかというとそういうわけではなかった。物語が好きで本を求めてくる客は特に迷うことはないし、ショーウインドーにはちゃんと本が飾られているし、当たり前だが書店と看板に書いてある。だから本屋としては問題なく営業していて、本の売り上げで上々だ。

 けれどもいつからかじわじわと『魔法屋』と呼ばれるようになっていって、けれど店からの宣伝は皆無だ。『魔法屋』の噂を知らない者にはただの本屋。店に入り、本の並ぶ棚を抜けるまでは……。


「どんな奴でも大歓迎だ。ただし、本屋としての幻想屋に来た奴限定」


 店主のケマルは、そんなことを言う日が来ることが未だに理解しがたい。


「店に来る客はどんな奴でも大歓迎だ! 客ならな!!」


 店を開いて一年が過ぎたくらいから常連客ができ、さらに時が流れるとともに常連客の数も増えていった。

 その中にいたのだ、いつのまにか客じゃなくなった奴が。

 そうなってから大分経つが、それが今だにケマルを日々悩ませる元になっている。

 閉店後の一階奥の倉庫。

 ケマルがほこり取り用のモップで頭を撫でた相手はパピヨンのような犬顔をしたゴブリン。


「さっさと自分の家に帰れ!」


 ケマルが毎日言うそのセリフに自称ブラウニーのゴブリンでコボルト。ショートンは調子よく言い返す。


「旦那~、僕は役に立ってるじゃないっすか~。小まめに掃除もしてますし、在庫の整理整頓も手伝ってますでしょ~」

「頼んでねーよ」


 ブラウニーと言われたいショートンは、ブラウニーが夜中にこっそりやると言われているそれらのことをケマルの見ているところでやる。一応真面目にやっているので、害は全くないが、地下に勝手に住まわれては良い気はしない。


「妖精・ブラウニーならもうとっくにいなくなってるはずなんだがな」

「なんっすか」

「ほら、報酬貰ったら出ていくとか言われてるだろ、特に服とかさ」

「痛いところを」


 ショートンは本当に痛いわけではないが、胸を押さえて苦しむフリをする。ただショートンはブラウニーに憧れているテイだけの犬顔のゴブリンなので、別に何を貰おうとも出ていきたい衝動に駆られたりしないし、人目を異常に気にして隠れたくなったりもしない。

 ケマルだってそれを知っていて、ショートンもケマルがそれ知っているのは分かっている。でもショートンは少しでも役立つのだとアピールするために、やっぱりブラウニーだという主張はやめない。


「今日にでも出ていけよ」


 いつものようにそう言われて、あっさり追い詰められたのか、ショートンは逆切れしだした。


「いいんですか、旦那。旦那の言い分じゃ、僕が出ていったら、あのお人も出ていっちまいますぜ」

「ちょうどいい、あいつも連れて出ていけ!」


 店にはまだ勝手な住人がいる。聞こえているはずなのに、言われた張本人は全く反応しなかった。


「お前の事だぞ、フミ! お前も出ていけよ」


 一階奥の倉庫で本を漁っていたフミは一瞬だけ顔を上げた。


「やだ」


 そして何事もなかったかのように本を探し出す。


「旦那~、いいんですかい? 出ていかれたら店潰れちまいますぜ」


 卑しい笑いでもしていればもっと憎らしいだろうが、ショートンはどこか本気で心配しているようで、ふさふさな耳が少し下がり気味だ。

 ケマルは特に犬好きというわけではないが、一般的な感覚は持ち合わせているからそんな顔をされると強引に追い出せないのだ。

 それでも追い出したいのは本気の願いだ。


「あれはお前に憑いてるんだから問題ない、だから一緒に出てけよ」

「…………それ本気で言ってるんですか?」


 ショートンはいままでケマルの冗談だと思っていたが、あまり頻繁に言うのでいよいよ心配になってきていた。

 ただケマルはもちろん本気でショートンに憑いているとは思っていない。本好きのケマルは万一座敷童の呪いで店に影響が出ても対処法を知っているから完全に潰してしまわないで済むと分かっている。

 分かっているが、それをショートンに教えてはやらない。フミはショートンに憑いているなんて言って、追い出す口実を増やすのだ。

 心配げな顔のままでケマルの横について、さっきまでの会話なんてやっぱりなかったかのように在庫の確認と整理を手伝っていく。

 すでにこのやりとりはもうただの八つ当たりだとケマル自身も分かっている。

 こんな住人が二人いるくらいでは魔法屋なんて呼ばれたりしない。まだいるのだ、この店に住む魔法使いが三人も。

 そのうち二人は夫婦であちこち旅してまわっているので、店にはほとんどいない。なのになぜか住所を幻想屋にしているせいで、用事がある者たちが訪ねてやってくる。依頼を受ける窓口の様になっているのだ。それを処理するためという名目でもう一人魔女が住み着いたのだ。

 そもそも三人もの魔法使いが家にいることになったのはこのやたらと背の高い美しい魔女が始まりだった。

 けれどもそれでさえ今となってはケマルが本気で追い出せるとは思っていない。けれども素直に居座らせるのも癪に障るのだ。

 だから、身近な存在に八つ当たりして気を晴らしているケマルと、そんな八つ当たりは響いているようでまったく気にしていない心配事はケマルと店の事だけのショートンと、あらゆることにマイペースなフミ。あとの魔法使い三人も店ではすっかり馴染、常連となんか普通に雑談をしていることさえあった。

 そんなのがもう日常で、密かに店の名物にまでなりつつあるやりとりで日々が過ぎていく。けれど幻想屋の落ち着いた日常など、やっぱりというか推して知るべしというか、そう長くは続かない。


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