第9話 訪問者B スディーン夫妻 End

 二人はそれから十日ほど泊まっていったが、ショートンが作った朝ご飯を食べた後は外出していき、戻ってくるのは閉店前後。さらに数日は友人とディナーだと言って二人そろっていない日や、それぞれ一人ずついない日もあったりで、ケマルの暮らしに与える影響は微々たるものだった。


「やっぱり忙しいすね、お二人」


 夫妻も一緒に明後日には旅立つという話をしていた朝食の場で、ショートンが深く頷きながら言い出した。


「久しぶりだから、いろいろ顔を出さなきゃいけないところも多いのよ」

「次がいつになるか分かんないからさ、来てたことが後でバレると面倒なこともあるし」


 夫妻は風貌に似合わず、食事の光景は意外にもスマートだ。


「今までどうしてったっすか? ホテル?」


 ショートンは相変わらずケマルにお茶を注いだり、ドレッシングを渡したりと、忙しない。


「そうね、基本的に貧乏旅だから安宿に泊まったり、友達のところとかで雑魚寝とか。別に普段も同じだから全然平気なんだけど」

「俺たち根無し草だからね」


 そこに悲壮感は全くなかった。


「でもね、なんか帰る場所がないってとっても自由なんだけど、自由過ぎちゃう害もあるのよね」

「害っすか?」


 集団で暮らす習性のある種族のショートンでは全く想像ができなかった。


「そうそう、無謀になりすぎるってか。以前からいろんなやつに言われてたんだよ、無茶しすぎるから地に足点けろとか、拠点と作れとか」


 ガハハともタハハとも聞こえる豪快のような快活なような笑い方をしたケンジと遠くを眺めるようにしているキャロル。


「いままではねぇ、そんなこと全然気にならなかったんだけど」

「年取ったのかねぇ」


 しみじみしそうなケンジの背中をキャロルが叩く。毎日風呂にも入って洗濯もしているからもう砂埃は立たない。


「フェーズが上がったってことよ」


 キャロルの言葉にショートンがテンションを上げる。


「生きてるってそういうことっすよね!」

「わかってるねぇ」


 また愉快そうに夫婦そろって笑う。

 ケマルは一切口を挟むことなく、お茶をすすっていた。

 二人は次の次の早朝、旅立っていき、それから少しするとまた小包が届いた。

 相変わらず夫妻からの小包に同封されていた手紙は、何かの切れ端のしかも一回泥に浸ったような色と皺のある紙に殴り書きされていた。もちろん時候の挨拶なんてあるわけもなく、もう箇条書きと言っていいほど簡潔な書き方だった。


「また勝手なことを」


 磁場の安定している場所からならばログを設定してる地点に飛べるようにしたらしく、当然それは幻想屋になっていると知らせていた。


「でも磁場の安定してないところにいる方が多いってすごくないっすか?」


 ログを設定したこと。旅先の磁場の安定した場所から瞬時に移動できること。そういった場所に立ち寄る時は贈り物は持っていくこと。それ以外の時は今まで通り郵便で届けること。元気に過ごすこと。


「最後のはこっちのセリフだろ、どんな場所に自分たちがいると思ってるんだ」

「そうっすよねー」


 ショートンはニマニマと犬らしい笑顔をして、ケマルに皺くちゃな手紙ではたかれた。

 一年に一回と言っていた二人はそれからちょくちょく来るようになった。泊まることもあれば、ケマルに渡す物だけ置くとすぐに戻っていくとこもある。長く姿を現さないこともあったが、ケマルへの荷物だけは定期的に届き続けている。

 そうして二人は確かにいろんものをもたらし、本屋を『魔法屋』と呼ばれるようにまでしてしまうが、ケマルは愚痴るわりには正直負担に思っていない。

 二人が送ってくるいろいろな物や訪ねてくる人が増えても、それを捌くのはメイプルだ。

 そのメイプルも、店の入り口から入ってくることは少なくなった。ケマルはもうすでに確認もしないが幻想屋の二回の壁に描かれた扉の絵は異次元扉になっている。そこはたぶんメイプルの自室とつながっているようで、もう要するに扉一枚先に住んでいるのだ。そのメイプルが異常に責任感が強いので、ケマルが魔法関係のことで困ることはほとんどない。

 本を買いに来てくれるケマルにとってのちゃんとした客も一定数絶えず来てくれているので、本屋としてもしっかり成り立っている。

 想像や理想と違う店になってしまっていることに対しては思うことはあるから、溜息が出る時もあるケマルだったが、人生はそんなもんだと悟っている。

 八つ当たりされるショートンが一番哀れなのかもしれないが、本人がそれを気にするどころか、ケマルと店をただ心配するばかりなのだ。

 その心配をたぶんフミが慰めているんだとケマルは思っている。二人が話している内容を全く知らないケマルは、本当に楽し気に会話している様子だけ見て、そういう時はケマルは邪魔しないように心掛けているのだ。


 意図せず妙にバランスの取れた住人たちに囲まれて、今日もケマルは自分の仕事に励んでいる。

 青葉通りにある、その本屋の本当の名は『幻想屋』。『書店 幻想屋』だ。魔法の魔の字もない。それがあるのは本の中だけ。

 だが、城下街で有名な『魔法屋』。

「店に来る客はどんな奴でも大歓迎だ。人間でも化けた狐でも狸でも、エルフだろうがフェアリーだろうが、アンデッドだろうか、妖怪でも悪魔でも天使でも」

 店主の信条はブレない。

 ただし、物語が好きならば。その注釈がいつしか付くようになっていた。

 スディーン夫妻に大々的に商売することは許可しなかったケマルだったが、相変わらず送られてくる荷物はきちんと受け取っているし、そしてその中にケマルには使い道がなかったり分からなかったりするものが紛れていても素知らぬ顔して、いらないからとメイプルに渡す。すると当たり前だがそれは店頭の棚に並ぶ。


 ただ宣伝だけはするなとメイプルに強くくぎを刺してある。


 ショートンはせっせと店で働き、相変わらず給料は払っていない。ショートンが受け取らないのだ。その代わり家賃も食費も取っていない。衣服もケマルのと一緒にフミが届く布でどこからか仕立ててくるものを渡している。いつ休もうが自由だし、おつかいのついでにおつりでお菓子も買っていいと言う。大抵ケマルが好きそうな食べ物を買ってくる。


 ショートンから休みを言われることはほとんどないが、配達やおつかいが長いことがある。もちろんケマルが問いただすことはない。むしろショートンにはしょっちゅう外の用事を頼むようにしていた。そういうタイミングで何か別の用事を済ませてるんだろうし、その何かがない時はさっさと帰ってくるから、好きなようにさせていた。


「マジで広い家で良かった」


 ケマルが大量の仕入れをして満足げにその景色を眺める。そこには少しだけ違う意味も含まれるが、そもそも部屋が広かろうが狭かろうが住み着ける者がいるのだから、家の広さの恩恵を感じるのはやっぱり仕入れをした時だ。心の中で曾祖父に感謝をする。

 近くではふさふさの尻尾がぶんぶんと揺れていた。


「ほんとっすね!」


 一階の店舗と倉庫はほぼ在庫でいっぱいになってほどほどの回転の良さで商品がよく動いている。地下にはまだ処理しきれていない買い取った本が箱でいくつかあるがまだ余裕があって、その隅っこでショートンが寝起きしている。


 二階奥にはスディーン夫妻が送ってくるものが仕舞える棚があって、ケマルが荷解きをした後にそこに置いておくとメイプルが上手く処理していた。その棚の近くの壁には扉の絵が描かれている。引き戸になっていて、開き戸ではないはスペースを有効活用するためらしい。その手前階段を上がってすぐの場所がいつの間にか簡易の応接間のように机のようなのと椅子のような箱が置かれている。


 三階だけは変わらずケマルの住居だが、キッチンにショートンがよく立っていて、ケマルよりよっぽど料理をしていた。


 フミは昼寝している姿は家のあちこちで見かけるが、夜眠っているのは誰も見たことがない。外出しているのか、姿を消しているだけなのかは、まだ誰も知らない。


 ケマルは開店した頃と変わらず本を中心に暮らしている。ただ、それ以外の部分は大きく変わった。気にすることのなかった衣食住が勝手に整い、充実していっている。身の回りに不思議が増え、あずかり知らないことが増えた。けれどケマルは本を売るために働き、隙があれば本を読んで、そんな変化にほとんど影響を受けていない。

 すべて周りが勝手にやっている。

 ケマルは揺るがない自分を見つけた。

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