another side ショートンの家 前編

 僕にはとてもいっぱい家族がいる。


 僕みたいに犬みたいな顔をしているのもいるし、人みたいな顔のもいる。人に近いと肌が緑だったり煤けた水色だったりするのが多い。犬顔もいろんな種類がいる。耳が大きかったり、鼻が低かったり、毛が短かったり長かったり、色もいろいろ。

 兄弟もいっぱいで、親戚もいっぱい。異母兄弟、異父兄弟が当たり前だから。


 それに長屋がいっぱいある地区にみんなで住んでいるから、血のつながり関係なく隣近所はみんな家族みたいに暮らしてる。一応家族単位で部屋は分かれてるけど、子供なんかはよその部屋でご飯貰ったり、大人は飲みすぎてそのまま寝て泊まっちゃったりよくしてる。お裾分けも物の貸し借りも当たり前だ。


 みんなお金持ちじゃないけど、普通に生活していくのは困らない。みんなで働いているから、贅沢しなかったらお腹いっぱい食べられる。

 仕事はみんな下働きみたいなことが多い。みんな頭が良くないから、難しい仕事は嫌いだ。種族的に体が大きくなることは珍しいから兵士や傭兵にはあまり向かない。でも体力はあるから力仕事したり、手先が器用な子は針子したり、農期の人手が必要な時に手伝いに行ったり、のんびり朝から晩まで魚釣りして、商売にはならないけど隣近所に分けるくらいの食料調達をしたり、他にもいろいろそれぞれできることで支え合って生きている。


 みんな確かに賢くはないけど、馬鹿でもない。容姿も一般的には良くないとされてるけど、そこを重要視していないから、大して気にしてもいない。


 僕もそうだった。犬顔をしてるから、可愛いとまで言われることがある以外は他の仲間達と変わらない。

 読み書き、計算くらいは僕らでも学ぶ。学校なんて呼べる場所ではなくて、子供を遊ばせる時間潰しみたいな感じで、教えられる。

 その少しの勉強のおかげで僕らがよくお金を稼ぐ場所は商人の下男だったり、貴族の屋敷の下男のさらにその遣い走りだったりをする。商家はしっかり働きさえすれば下っ端に知識や教養を求めたりしない。そこのところが貴族は違うから、雑用でも屋敷で働けることは奇跡が起こった時だけだけど、屋敷外でも細々した仕事はあってそういう時細々働く僕らみたいのは重宝される。


 城下街から出れば、物々交換で日用品や食料は手に入れられて、現金が欲しければ、城下で働けばそこそこ稼げる。大金持ちにはなれないし、地位や名誉はほど遠いけど、楽しく暮らすのにそれは必ずしも要るものじゃない。


 ただ一つ、良くなればいいなと思うことがある。

 僕らの種族は侮られやすく、尊ばれることが少ない。

 それほどプライド高いわけじゃないから、受け流すことは得意になるけど、馬鹿にされて嬉しいことはない。僕なんかは全然ましな方だけど、気の弱い友達なんかひどい有様で帰ってくることもある。何をしてもいいと思ってるわけじゃないと信じたいけど、中には憂さ晴らしに絡んでくる酷い奴等もいるし、多少粗末に扱ってもいいと考えている奴も確かにいる。

 そういう現実も僕らはよく分かってる。


 でも僕はそれが辛いと心底思っているわけでも、世の中を変えたいと思っているわけでもない。

 そこを利用している部分もあるから、変わってもらってももしかしたら困るかもしれない。


 僕はずっと同じところでお金稼ぎをしないようにしてる。難しくいうと定職には就かないと決めていた。理由は単純に飽きるから。割とそうしているのは僕らの中にも多い。もうちょっと深い理由を言うと、僕らは軽く見られるからこその利点と不利益とのバランスとを取るとそうなることが多いから。


 特に城下では下手をすれば命取りになりかねない。

ある一定の期間、下働きをすれば雇い主やそこの従業員たちはよく話をするようになる。どこにだって話すことで鬱憤を解消する人はいるのだ。

 そう人の中には態度に出す出さないの差はあっても、僕らの事を馬鹿だと思ってるから、軽口のつもりで重要な情報を漏らしたりする人が必ずいる。もちろん相手も事細かに話すわけじゃないけど、欠片だってつなぎ合わせれば大きな一枚の絵になる。つまり、数が多い僕たちが話を持ち寄れば、いろんなことが分かってしまうわけだ。


 もちろんそんなことを何かに役立てようだなんて思わない。そもそも確かに賢くはないから利用する方法が難しい。けれども馬鹿ではないから、それらを軽々しく他所へ漏らしたりもしない。

 でもそれを知っているのは僕らだけ。僕らは決して愚かではないと分かっているのは僕らだけ。馬鹿にしているくせに、そうしている人らほど僕らを恐れるようになっていく。 

 長く頻繁に顔を見せていれば、後ろ暗いことが多い人たちは僕らを意味もなく疑いの目で見てくるようになる。だからずっと長くは働かない。


 でもお得意さんはいる。短期でよく雇ってくれる。

それに実は本当に賢い人たちは僕らのそういうところを全部知っていて、上手く使っていたりする。使われていると分からないくらい。

 仲がいいふりをして情報を求めているらしい。

 僕は家族が多いし、まわりに同じような仲間がいっぱいいるから、それ以外で別に友達とか欲しいと思ってもいなかった。


 ある時、僕は仕事でとある貴族のような人におつかいを頼まれた。

 その貴族のようなって言うのは、たぶん本当に貴族のお嬢様なんだけど、本人がそれをなんとか隠そうとしてるから、バレているけど言わないのが優しさかと思ってそのままにしてる。

 お嬢様ってのはいろいろ制約が多いらしくて、自由にあちこち行ったりはできないみたいで、屋敷のメイドの子供の振りをして、僕がたまたま雑用の仕事で庭にいた時におつかいを言いつけた。

 おつかい用とは別に、お駄賃にしては高すぎるお金を無理やり渡されて、本屋で本を買ってこいと言う。

 どんな名前の本か聞くと、店主のオススメで良いと言われた。

 少しだけ不思議に思ったけど、それ以上聞かずに言われた本屋に向かった。


『幻想屋』


 外観は決して目立たず、地味だ。うっかりしてると見過ごしそうだった。でも不思議とドアの前に立つと戸惑わずに入れた。来る人を選ぶような威圧感とかは全然なくて、もし間違えて入って行っても大丈夫そうだと思わせる軽いドア。


「いらっしゃい」


 当たり前だけど、本棚にぎっしりと本があって、どっちを見てもそんな本棚ばっかりの店内のそのどこかから聞きやすく落ち着いた声がした。


「あの」


 声の出所を探しながら歩くと、店内には数人お客らしき人がいた。


「ん、探し物か?」


 本棚の隅からひょっこり若い男の顔が出てきた。エプロンをしていたから、店員だろうと思った。


「店長さんはいますか?」

「俺だけど」

「オススメをもらえますか」

「どういうのが好みだ?」


 そんなこと聞かれても分からない。初対面の相手にただ言い使っただけで、頼まれた物も店主の薦める物以上はない。

 困っていると、その若い店長はなぜか一つ頷いて、僕をレジ脇にある丸椅子に座るように促した後店内を一周して三冊の本を手に持って戻ってきた。


「とりあえず見繕ったから」

「ありがとうございます」


 手渡された物の表紙だけを見比べるとどれも全く違った。一つは、固く茶色い布のような手触りで他のより一回り大きく、金文字でタイトルだけが書かれてる。もう一つはキラキラとしていてふわふわクルクルの長い髪の可愛い女の子が似つかわしくないズタボロのメイド服を着てるけど飛び切りの笑顔をしているイラストが目立ってる。最後の一冊は丘の上に小さな家が描かれた風景の奇麗な絵が表紙の本だった。


「気に入ったのがあればいいな」

「おいくらですか?」


 本を買うことなんてないし、読むこともほとんどないから、値段の常識が分からないけど、お嬢様から渡されたお金をみせると手の中から一枚だけ持っていって、じゃらじゃらとお釣りが返ってきた。

 お嬢様は本の価格よりすっと多い金額を持たせてくれたらしい。

 店長はさっと会計を済ますと、控えめに店のロゴが描かれた紙袋に本を入れてくれた。


「またいつでもどうぞ」


 微笑み送り出してくれた。

 次に仕事でお屋敷に行ったとき、前と同じようにこっそりお嬢様は近づいてきて、話しかけられた。もちろん僕も頼まれた本と残ったお金をちゃんと持ってきている。


「これでいいですか?」

「そう、そうよ! この袋は間違いなくあのお店のだわ。聞いていたとおりね。一応中身も確認させていただくわ」


 お嬢様は丁寧に、でも急いでいる様子で袋から本を出すと一冊一冊パラパラと捲っていく。

 するとひらりと紙が一枚飛び出してきた。僕はページが一枚取れてしまったんだと思って、ドキッとした。不良品を買ってきて怒られるかもしれないと思ったからだ。

 お嬢様も気が付いてそれ拾った。


「手紙? これメモって言った方が良いかしら」


 特に僕に話しかけているわけでもなさそうで、目でお嬢様はそれを読んだのか、本当に嬉しそうに笑った。


「ありがとう、とても助かったわ」

「あ、あの!」

「あら、お代が足りなかったかしら」


 全然嫌味じゃなくて、もっと持ってきそうなお嬢様に僕が慌てた。


「いや、むしろ余ってます」

「ならそれも駄賃にしてもらって構わないわよ」

「あ、ありがとうございます」

「では、ごきげんよう」


 お嬢様はお淑やかにお屋敷に戻って行かれた。でもその足取りはとても浮かれているように見えた。そんなに面白そうな本だったのかな。

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