彼の心は誰のもの? =愛した人は雲の上、ついて行きますどこまでも!=

寄賀あける

 許せない――


 たかが豪族の娘、まして特別美しいわけでもない。それなのに皇太子ひつぎのみこさまのご寵愛深く、この宮に住まわされ……それだけでも充分許せないのに、今、病の床を皇子みこさまと並べている。流行病はやりやまいだからとは見舞うことさえ禁じられたというのに、何故なにゆえこの女はここに居る?


 斑鳥まだらの宮の奥まった一室で、トウジは眠る一組の男女を睨みつけていた。男の名はトヨミ、この宮の主人あるじだ。現帝ヌカタベの甥にして皇太子ひつぎのみこ、超人的な才を持ち、若いころから政治の中枢を支えてきた貴人……トウジはそんなトヨミのだ。


 そしてその横に伏す女の名はホキ、やはりトヨミの妃、だかトウジと違い父親はたかが豪族、本来ならば皇子みこの妃になどなれぬ身分、それなのに無理を通して皇子みこはホキを妃にした。どうしても妃にしたい。皇子みこの最初にして最後の我儘だ。


 許せない――


 なぜこの女はここに住むのを許されているのだろう? トウジが眠るホキを見詰める。そもそもこの宮はホキのために造営されたのだと噂されている。ホキの父親の屋敷に皇子みこが通うのは無理がある。身分高き者が足しげく通うような屋敷ではない。それを理由に掲げているが本音は常にホキを身近に置くためだと、だからヌカタベ帝の住まう都を離れ、ここ斑鳥まだらに己の宮を建てた。


 いったいこの女のどこがいいのだろう? に仕える者どもは口々に『しょせん下賤の女、あの手この手を使って皇子みこさまを楽しませているのでしょう』と品のない笑いを浮かべるけれど、そのを使えば皇子みこさまはとの間にも八人の子を儲けてくれたのだろうか?


「ん……」

ホキが身動きし、うっすらと目を開け、薄闇に立つトウジを見た。

「……トウジさま? なぜこちらに?」


の宮を訪れるのが奇怪おかしいか?」

「いいえ、通常ならば大歓迎でございます。しかし、皇子みこさまもも病の床、なんのお持て成しもできません。ましてこれは流行病はやりやまい、トウジさままで倒れては皇子みこさまが悲しまれます」


 ホキがなんとか上半身を起こす。床から出、居住まいを正し、トウジに礼を示そうというのだろう。


 皇子みこが悲しむ? そんなことがあるものか――との婚姻は政治的配慮によるものだ。が父ソガシの後ろ盾を得、ヌカタベ帝の権力を強める狙いを持ったもの。お心だけで結んだ其方そなたとは違う。


 トウジの胸に熱く重苦しいものが込み上げてくる。嫉妬の炎が燃え上がる。


 許せない――


 やっと床から出て座り直そうとするホキの首に……トウジが両手を伸ばした。

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2024年10月2日 21:12

彼の心は誰のもの? =愛した人は雲の上、ついて行きますどこまでも!= 寄賀あける @akeru_yoga

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