第39話「心穏やかな読書の時間」
「ここでしか手に入らない伝説あの本、入荷致しました!」
今日もくだらない情報で溢れかえっているSNS。そんな中で、駅前の書店「Sea 皇帝」の公式アカウントがこんな呟きをしているのが、偶然私の目に入った。
その奇抜なラインナップを確かめていると、一つだけ懐かしい名前が。
『勇者ユーリ=ハサマールの冒険』
当時、国立魔法大学に勤めていたぼんげ教授が、突如として発表したファンタジー小説。発表当初こそ「あのぼんげ教授がファンタジーを!?」とにわかに話題を呼んだものの、蓋を開けてみればそのあまりの駄作っぷりに全世界から苦情や非難が殺到。結果、発表からわずか三日で有害図書認定され、ぼんげ教授自身も È Fran 大学へと左遷される羽目になったという、曰くつきの代物だ。
私も小学生のときに一度だけ図書室で読んだことがあるのだが、控えめに言って毛ほども面白くなかった。私が今まで読んできた数々の本の中でも、間違いなくダントツの駄作だ。
そのあまりの駄作ぶりに、図書室の本であることも忘れて重力球内に放り込んでしまおうとしたことを、おぼろげながら覚えている。確かあの時たまたまカリンが図書室に入ってきて、ギリギリで踏み止まったんだっけ……?
でも、あの時の私は弱冠11歳。今となれば、あの本の面白さが少しは分かるのかもしれない。あれだって一応今流行りの異世界ファンタジー小説なんだし、なんかのきっかけで再評価路線に乗る可能性もゼロではない。
有害図書認定されたせいで入手経路も限られているし、この機会に買ってみるのも悪くはないのかもしれない。
明日、仕事が終わったら Sea 皇帝に寄ってみよう。
***
なんだかんだで本屋まで一緒にしたアオイと、ついでに食事までして帰ってきたおかげですっかり遅くなってしまった……。
コルボでの賑やか過ぎる日々はなんだかんだで楽しくて好きなのだけど、こうして本をゆっくり読める時間は減ってしまったような気がする……。
そんなことを思いながらも、今日買ってきた例の本を紙袋から取り出す。八年前の中古本ということもあり、ところどころ傷んでいる部分も目立つ。
果たして、今読めばこの本も面白かったりするのだろうか? その答えを確かめるべく、私はそのぺージをゆっくりと開いた。
***
最後のぺージを読み終え、本を閉じる。一つため息をつき、天井を見上げる。時刻はすでに日付けを跨いで1時。そろそろ寝ないと明日に響くだろう。
結論から言うと、八年前から感想が変わることはなかった。どれだけ私が歳を重ね、世間の流行が移り変わろうとも、駄作は駄作のままだった。
私は部屋の真ん中に重力球を展開し、読み終えたばかりのその本を投げ入れる。中のぺージが無造作に握り潰され、閉じることのできなくなったそれが、床へ無造作に転がる。
その光景を眺め、溜息をまた一つ。
私は、無駄にした時間を取り返すべく急いでベッドに入り、そのまま眠りについたのだった。
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