第33話「サヨナラホームラン」
はぁ……はぁ……。
日頃の運動不足のせいでしょうか……? 息が上がってきました……。もう限界かもしれません……。
でも足を止めたら殺されてしまうので、そういう訳にもいきません……。
しかしずっと気になってはいたのですが、さっきから何故あの方は、私と一定の距離を保ったままで追いかけてくるのでしょう……? 「追いつかれる=死」なので私としては好都合なのかもしれませんが、それはそれでなんだか不気味でしょうがありません……。
自慢じゃないですが、子どもの頃から駆けっこで最下位の座を空け渡したことは一度も無い私です。本気で追いつこうと思えば、とっくに追いつかれていても不思議ではないのですが……。
そんなことを考えながらも必死に走り続けていると、ふと視界の先に190センチはゆうに越しているであろう長身の、どこかで見たことがあるような気もする男性の姿が。危険なことに巻き込んでしまうのは大変心苦しいのですが、私の足ももう限界です……。背に腹は代えられません。
私はその男性に助けを求めるのでした。
***
警戒しながらも、逃げるエリザを追いかける俺。しかし、ある違和感が脳裏をよぎる。
なんか足遅くない……?
逃げの戦術を得意とするという割に、エリザの足が遅過ぎるのだ。正直今も近づき過ぎないようにする方が逆に難しいくらいだ。これでは罠にはめるどころか、途中で追いつかれてしまうのでは……?
しかし、もしかしたらそこまで計算ずくでの罠かもしれない。油断は禁物だ。
俺は奴に接近し過ぎないよう注意し、わざとゆっくりと走って追いかける。正直歩いているのと変わらない気はするが……。
そんなことをしばらく続けていると、前方に小型の巨人族くらいの長身の男の姿が現れる。エリザはそいつの影に隠れ、助けを求めているようだ。
なるほど。俺をおびき寄せて、その隙にアイツに不意討ちさせようという算段だったか。しかし、思うようにいかなかったものだから、盾役にする方針に切り替えたのだろう。
まあ確かに、見るからに強そうな大男ではあるが、見たところ武器の一つも持っていなさそうだ。タネも割れてしまった今となれば恐れるに足らない相手だろう。
「ふん、『瀑流のエリザ』め! この勇者ハサマール様を罠にはめようとしたのだろうが、残念だったな! そこの大男ともども、この剣で切り裂いてくれる!」
俺は剣を構え、眼前の大男へと突撃して行った。
***
ひいぃぃぃ! お相手さんが、ついに包丁を構えて突撃してきました!?
一度走るのを止めてしまったことで、私の足は自分が限界であったことに気づいてしまい、これ以上は逃げられそうにありません……。もう助けを求めたこの男性に、自らの運命を委ねるしかないようです。
しかし、この方は全く動じる様子もないですね。包丁を構えて突進してくる不審者さんの姿を見ても、「下がっておれ」と私を後ろに隠したまま仁王立ちされています。
刻一刻と詰まる両者の間合い。
「死ねえぇぇぇい!」
不審者さんが包丁を高く振り上げた、その時でした。
目にも止まらぬ程素早い、かつ強烈な拳の一撃が不審者さんのみぞおちに決まり、たちまちに無力化してしまいました。
「武器の力を己の力と過信した手合いか。その程度の一撃が儂に入るとでも思うてか?」
衝撃のあまり包丁は手から滑り落ち、不審者さんは膝からその場へ崩れ落ちました。
「が……がはっ……。ま、まだだっ……」
血反吐を吐きながらもなお、執念で包丁へと手を伸ばす不審者さん。いったい何が彼をそこまで駆り立てるのでしょう……? 私、彼に何かしましたっけ……? 存在しないはずの記憶に苛まれそうです……。
その手があと少しで包丁まで届く……と、そのときでした。無情にも強烈な垂直蹴り上げが決まり、不審者さんは高々と見事なまでの放物線を描いて飛んでいってしまいました。
まさに「ホームラン」といった感じのぶっ飛び具合です。カリンちゃんがテニスの授業でよくやってたのを思い出します。
「ケガはないか?」
助けてくれた男性が私に問いかけます。
「ちょっと走り過ぎて足が痛いくらいで……ありがとうございました」
私は助けてくれた男性にお礼を言いました。
さあ、不審者さんもやっつけてもらったことですし、早くお店に行かなくちゃ……と、言いたいところなのですが……。まだやらなければいけないことが残っています……。
スマートフォンを取り出すと、画面には「13:31」と書かれています。遅刻どころの騒ぎじゃありませんね……。見なかったことにしましょう。
「もしもし。警察の方でしょうか? はい、商店街で包丁を持った不審者さんに襲われまして……。あ、通りすがりの方がぶっ飛ばしてくださったので、私は無事です。不審者さんなら、今はゴミ捨て場に転がってらっしゃいます。はい、よろしくお願いします」
事情聴取とかもあるでしょうし、私は何時になったらお店に行けるのでしょう? 気が遠くなってきました……。
しばらくすると、パトカーが到着し警察の方々が次々と降りてきました。そのうちの一人の方は、ゴミ捨て場に転がる不審者さんの姿を見るやいなや、呆れたように呟いたのでした。
「またお前か……」
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