第21話「悪夢再び」

「それで、ご注文はいかがなさいますか? おきゃ……お嬢様」


 気を取り直して、接客モードに戻ろうとするアオイ。


「うーん。そうねぇ……」


 グランドメニューを流し見する自称皇女。優雅な佇まいでページを捲ろうとするが、ところどころ貼りついてしまうプラスチック素材に苦戦していた。


「このニンニクラーメンっていうのにしようかしら。『ニンニクアブラマシマシヤサイテンポウザン』で」


「かしこまりました。ニンニクラーメンの『ニンニクアブラマシマシヤサイテンポウザン』ご用意いたしますね。おきゃ……お嬢様」


 注文を確認し、大げさなお辞儀をして立ち去るアオイ。その姿はなんともたどたどしいものであった。


 ***


「もうそろそろ、アオイにだって教えるべきかしら……?」


「面白いからもう少しこのままで」


「ていうか、あの服装でニンニクラーメン食べるのね……。絶対汚れるし、ニンニク臭くなりそうなんだけど……」


 隠れてヒソヒソ話を続けるカリンとノア。すると、やっと二人の姿がないことに気づいたアオイの声が。


「そういえば、カリンちゃんとノアちゃんは……? 二人ともー!? サボってないで出てきてくださーい!?」


「あ、バレた」


 サボってるのがバレてしまい、仕方なく姿を現すカリンとノア。


「もう!? なんでこんなときにサボってるの!? いきなりお偉いさんが来て対応大変だったんだよ!?」


 頬を膨らませてぷんすかと怒るアオイ。


「そ……そうね……。悪かったわ……。ぷ」


「う、うん……。ごめ……ぷ」


 吹き出しそうになるのを必死に堪えていることがアオイにバレないように、顔を背けながらカリンとノアは応える。


「?」


 不思議そうに首をかしげるアオイ。


「おーい、ニンニクラーメン『ニンニクアブラマシマシヤサイテンポウザン』出来たぞー。……クセェからさっさと持ってけー」


「はーい! 今行きまーす!」


 厨房から店長の声がし、三人は慌ててそれぞれの仕事に戻っていった。


 ***


「ニンニクラーメン『ニンニクアブラマシマシヤサイテンポウザン』お待たせしましたー」


 周囲の客が顔を背けるほどの強烈な匂いを放つそれを、自称皇女の元へと配膳するアオイ。


「あら、早かったわね」


 ラーメンが眼前に置かれると、自称皇女は右手にナイフ、左手にフォークを持ってそれを食べ始めた。


「そういえば……」


 フォークとナイフから麺を滑り落とさせながら、自称皇女が思いだしたかのように話しだす。


「このお店、貴女以外にもメイドがいたのね」


「二人ともメイドではないんですけどね……あはは」


「うーん、少し見ただけだからなんとも言えないけれど……。とりあえず、赤い方は見るからにガサツそうだからナシね。紫の方は悪くはないけれど……100%みたいな香りがするから、メイドとして側に置くのは怖いわね……」


「カリンちゃんが聞いたら怒るだろうなぁ……」と内心思いながら、苦笑いを浮かべるしかないアオイであった。


 ***


「いや、普通に聞こえてんのよ……。だいたい何!? って!?」


 怒りでワナワナ震えるカリン。


「カリン。ステイ、ステイ」


 ノアからまるで犬を扱うような制止の仕方をされるカリンであった……。


 ***

 

「やっぱり雇うなら貴女かしらねー」


 フォークから麺がボトボト滑り落ちる。


「そ、そうですか……光栄です……。でも最低賃金はちょっと……。あ、スープ飛ばさないでください……」


 ニンニクと脂まみれの汁が八方に飛び散る。執事のタキシードはすでに脂まみれだ。


「そう? 残念ね」


 異様な香りを放つその汁が、制服に襲いかかるのを何とか防ごうとするアオイ。


 と、その時だった。


「まあ仕方ないわね……うぼぁあ!!!」


 突如として野太い叫び声を上げる自称皇女。


「どうしたんですか!? おきゃ……お嬢様!?」


 突然のことに戸惑うアオイ。


「あ、あそこに! の尖兵が!」


 狼狽して天井を指さす自称皇女。意味不明ながらもアオイが振り向くと、そこにいたのは……。


 黒光りするヤツの姿だった……。

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