第13話「オリジナル展開」

 不安だらけの『ぷりっち』ショー。ついに開幕を迎えてしまいました……。


 どのみちもう後戻りはできませんし、こうなったらもうせめて知り合いにだけは見られなくないというのが切なる願いです……。まあ幸か不幸か、お店はもうとっくに営業時間ですし、カリンちゃんたちや常連さんたちが来ることもないですよね……?


 祈るような気持ちで舞台袖から登場した私でしたが、その願いは早々に打ち砕かれてしまいました……。


「うぉーーー! ぷりっちーーー!」


 客席の最前列。見覚えのあるの方が陣取っていらっしゃいました……。フォンデュさんと、お隣は確か……この前カリンちゃんの胸を揉んでた「まつり縫いのリサ」さんでしたっけ?


 まあでも、私とフォンデュさんはそんなに接点ないですし、案外バレないかもしれません。


「あれ、メルロちゃんの娘、どこかで見覚えがあるでござる……」


「コルボのアオイちゃんじゃない?」


 はい、そんなことはありませんでした……。


「思わぬ形で我が野望が……! カメラ、カメラ。うへへ……」


 リサさんがとても人に見せられない顔でカメラを構えています……。撮らないでくださいー……。


 ***


「あれアオイじゃん? 何してるの……?」


 ノアが指差した方では、どこかで見たことのあるコスチュームに身を包んだアオイが、ステージ上でパフォーマンスをしていた。


「ええ……? いったい何があったのよ……」


「いやー、まさかとは思ったけどな。まさか本当に巻き込まれていたとは。ま、せっかくだし観ていこうじゃないか。アイツの勇姿を」


 店長の提案に乗る形で、二人も立ち見席からアオイの勇姿を眺めることにした。

         

 ***


 開演からしばらく経ちましたが、いま話はどの辺なのでしょう……? いかんせん台本が無いので、分かるわけもないんですが……。


 でも黒ずくめの怪人さんが登場し、なんとなく佳境に差し掛かっている感がなくもない気がします。


 その時、私の視界の端、客席の奥の方に、見慣れた三人の姿が。


 え!? カリンちゃん!? ノアちゃん!? 店長さんまで!? みんなお店はどうしちゃったの!?


 私が三人を見つけて驚いていると、ノアちゃんと目線が合ってしまいました……。あっ、やめて!? 指差さないでー!?


 完全にバレてしまいました……。もうこうなればヤケです! 全力でメルロちゃんになりきってみせます! セリフは何もありませんけど!


 司会のお姉さんが、お客さんの力を借りようと、お決まりの呼びかけをします。


「がんばれーーー!!! ぷりっちーーー!!!」


 ちゃんと全力で叫ぶカリンちゃん。小さな声で周りに合わせるノアちゃん。立ちながら寝てる店長さん。三者三様の光景はまるで家族連れみたいで、なんだか観ていて微笑ましいです。


 こうしてお客さんの力を貰った私たち『ぷりっち』が放つ謎の力によって、黒ずくめの怪人さんは倒れ、ショーは幕を閉じたのでした。


 ***


「ありがとうございました~」


 帰るお客さんたちを見送りながら、お礼の簡単な握手会が開かれます。


「アオイ氏~! とても良かったでござる! まさかアオイ氏にあれだけの才能があったとは!」


 近いです……。


「アオイさん……。その衣装すごく似合ってました……。次はピッタリサイズで用意しますので、今度触らせ、いや測らせてぐへへ」


 だから近いです……。


 のお二人が、スタッフさんたちによって無理矢理引き剥がされると、その後ろからはさらに見知ったお客さんが現れました。


「おー、アオイお疲れー」


「店長さん? えっと、お店は……?」


 欠伸をしながら出てきた店長さんに、素朴な疑問を尋ねます。


「あそこのバカからいきなり電話がかかってきてな……。お前をショーに出すっていうから、店閉めてどんなもんか観に来たんだ」


 そう言って店長さんが指差した先には、電話のときのスタッフさんがいらっしゃいました。お知り合いだったんですね。スタッフさんはこの世の終わりみたいな顔をされていますが……。


「いきなり店休みにして『ぷりっち』ショー観に行くとか言うから、気でも狂ったのかと思ったわよ……」


「あはは……。ごめんね、カリンちゃん」


「いい写真がいっぱい撮れたし、今度お店に飾ろうか?」


「ノアちゃん、それだけは勘弁してほしいかな……」


 ノアちゃんには写真まで撮られてたみたいです……。


「じゃあアオイ、またねー。夕方は店開けるから、終わったらちゃんと来なさいよー」


 カリンちゃんに釘を刺されながら、帰る三人を見送りました。


 すると。


「あー! ジュースのお姉ちゃんだー!」


 公園で会った女の子も、ショーを観にきてたみたいです。


「やっぱりお姉ちゃんだったんだねー!」


「違ったはずなんだけどね……。あはは……」


 もうあの子の中では「私=メルロちゃん」です……。もう仕方ありません。今さら夢を壊せませんから。あはは……。


「メルロちゃん、ばいばーい!」


 無邪気に手を振る女の子を見送ってからしばらくして、無事に私もお役御免となり、ようやく解放されたのでした。


 ***


「いやー、昨日の『ぷりっち』ショーは良かったでござる。まさかメルロちゃんを無口キャラにしてくるとは」


「それにアオイちゃん、衣装すごく似合ってましたね……うへへ」


 フォンデュさんとリサさんが昨日のショーの感想戦をしています。思い出しただけで顔が真っ赤になりそうです……。


「え? メルロちゃんって無口キャラなんじゃないの?」


「違うでござるよ、カリン氏。無口キャラなのは紫担当のロッソちゃんでござる」


 え?


「きっと、不慣れなアオイちゃんのための配慮ですよ……」


 そうだと信じたいですけど……。あのスタッフさんたちの言動を思い返すと、きっと違う気がします……。


 私は詳しくはないですけど、そういうのってファンの方にすごく怒られるんじゃ……?


 まあでも、小さな商店街のイベントステージでやっただけのものですし、誰の目にもとまりませんよね……?


「『ぷりっち』公式の動画にも上がってるでござる」


 ええ!?


 そんな心の声を読まれたかの如く、タイムリーにフォンデュさんから衝撃の事実が告げられました……。


 炎上とか、しないといいんですけど……。


 気が遠くなるのを堪えながら、祈るような面持ちで仕事に戻るのでした……。

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