第14話「放火犯の夢」
「となりのクラスのノアちゃん家、火事で燃えちゃったんだって?」
「えー、かわいそう」
「あの火付け女がやったんじゃないの~?」
聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で話される、クラスメイトの陰口。わざとやっているのかどうかも分からないが、結果的には耳に届いている。
火炎魔法が使える。ただそれだけで、放火の犯人に仕立て上げられる。少しでも良識があればすぐに破綻するはずの幼稚な仮説だが、年端もいかない子どもだけの社会においては、十分過ぎる程に説得力を持ってしまうものであった。
「ちょっと、やめなよ~! カリンちゃんがそんなことする訳ないでしょ!」
小さく俯くことしかできなかった私の様子を見かねてか、クラスの委員長が陰口の主たちに向かって言った。
「う……」
「あ、アオイちゃんがいうなら……」
「ごめんなさい……」
彼女はアオイ。正直頼りないが、誰にでも優しくてルックスもかわいいクラス中の人気者だ。そんな彼女に真正面から注意されたからか、言い出しっぺ達はその陰口の矛を納めざるを得なかったようだ。
「カリンちゃん大丈夫……?」
「う、うん。ありがとう、アオイちゃん」
いわれのない口撃を受けていた私のことを心配してくれるアオイ。そんな彼女に向けて、私は精一杯の笑顔を作る。
「アオイーちゃーん! 一緒に帰ろー!」
「今行くねー! またね、カリンちゃん!」
隣のクラスの子たちに呼ばれ、アオイは慌てて行ってしまった。
私も荷物をまとめ、一人帰路についた。
***
一度生まれた面白半分の噂というのは、そう簡単になくなるものではない。仮に元を叩いたとしても、すでに広がったものはどうしようもない。
「やーい、やーい! 火付け女ー!」
「やーい、やーい! 放火犯ー!」
私の後ろに陣取り、つかず離れずの距離から男子たちが囃し立てる。
気にしなければどうということはない。しかし、年端もいかない子供に対してそれは酷な話で、否が応にも精神はえぐられていく。
「何か言えよー! 放火女ー!」
反応のない私に苛立ったのか、うち一人が声を荒げる。
すると。
「何だお前? 放火犯なのか?」
近くを歩いていた女子高生が私に話しかけてきた。
「え……? い、いや、違いますけど……」
突然のことに困惑し、歯切れ悪く答える。
「何だ……。違うのか……」
女子高生は何故か残念そうにそう呟くと、男子たちの方へ向き直り、
「おーい、クソガキども!」
と大きな声で呼びかけました。
「な、なんだよ!? このデカ女!?」
かなり背が高く、かわいいよりはカッコいい系のルックスをしている彼女は、私から見てもかなりの威圧感があった。そんな彼女に睨まれ、男子たちは精一杯の虚勢を張っている。
「今な、私の家に放火しやがったやつを探してんだ。コイツ放火犯なんだろ? お前ら何か知ってるなら、私と警察に話してくれ」
「いや、だから私じゃ……」
「黙ってろ」
私にしか聞こえないくらいの声で女子高生に言われたので、その通りにする。
「け、警察!?」
「い、いや……俺らはただ……」
特になにも考えていなかったであろう彼ら。思いもしていなかったであろう展開を前に、しどろもどろになって言い訳を始めようとしていた。
「ご、ごめんなさいーーー!」
結局上手く言葉を紡ぐこともできず、捨て台詞のような謝罪とともに逃げ出してしまった。
「お姉さん、ありが……」
真意は分からないが、多分助けてくれたのだろう。そのお礼をしようとしたが、言い終わるのも待たずに彼女は彼らを追って走り去ってしまった。別にそこまでしなくていいのに……。
行き場の無くなった言葉を飲み込み、私は踵を返して帰り道の続きを進んでいった。
***
翌日になると、私に対する噂はまるで最初から存在していなかったかの如く、すっかり忘れ去られていた。
なんでも昨日、
まあ、人の噂なんてそんなものだ。昨日まであんなに心を痛めていたのがなんだかバカらしくなる。
「良かったね、カリンちゃん! 私が注意したおかげかな?」
そんな私を見てか、アオイが嬉しそうに、そしてちょっと誇らしげに声をかけてくる。
残念だけど、多分違うと思う……。でも、ありがとう。
「あっ、借りた本図書室に返さなきゃ! またね、アオイちゃん」
借りていた本の返却期限が今日までだったことを思い出す。アオイに手を振って、私は図書室へと急いだ。
***
閉まりかけの図書室に滑りこむと、そこには誰もいなかった。ただ一人、本を読んでいる女の子を除いて。
紫のウェーブボブが特徴的な、物静かそうな女の子。あの子は確か……
「ノアちゃん……だよね……?」
クラスメイトが勝手に言い出した根も葉も無い噂話。でもやはり、誤解を解いて救われたい気持ちがどこかあったのか、気づくと彼女に声をかけていた。
彼女は『勇者ユーリ=ハサマールの冒険』という聞いたこともない本を、何故か青紫の球体へと投げ込もうとしていた。しかし、私の姿に気づくと慌ててその球体を引っ込めた。
あの球体は彼女の魔法なのだろうか?
「そうだけど……。キミは?」
何事もなかったかのように取り繕い、彼女が首をかしげる。
「あ、ごめん。私はカリン」
「あぁ……」
私が名乗ると、彼女は何かを察したように呟いた。
「別に。考え無しのバカ共が勝手に言ってただけでしょ? 始めから間に受けてないから安心して」
穏やかそうな印象に反して、意外と毒舌だった。
「ま、まあ、そうよね……。ありがとう」
「そもそも私、真犯人知ってるし」
「え? そうなの?」
「うん。うちの父親。唐揚げ揚げてる鍋の横で、カッコつけてフランベなんかするから……」
「えぇ……?」
あまりにもしょうもない理由だった……。昨日までの私の感傷を返してほしい。
「むしろゴメンね……。うちのバカ親父のせいで迷惑かけて……」
安心なのか拍子抜けなのか、私は全身の力が抜けていくのを感じた……。
***
「おーいカリン、起きろ。もう休憩終わるぞ」
店長の声で現実に引き戻される。何か懐かしい夢を見ていたような……?
「お昼は大盛況だったからね……。カリンちゃん、少しは疲れ取れた?」
「あの日から『ぷりっち』のファンがアオイ目当てで殺到するようになったから……。さばくのが大変……」
ああ、あまりの疲れから休憩中に寝ちゃったんだっけ……?
あんまりいい夢ではなかった気がするけれど、不思議と気分は心地良い。
「ん~~」
私は一つ伸びをして、いまだ賑わい冷めやらぬ店内へと戻っていった。
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