第12話「Ad Libitum」

「さあー! みんなの声で、ぷりっちたちに力をわけてあげましょー!」


「「「がんばれーーー!!! ぷりっちーーー!!!」」」


 司会のお姉さんの呼びかけに応え、会場中が一体となって声援を送っています。


 いったいどうしてこんなことになってしまったのでしょう……。 


 ***


「アオイ遅いわね……。もう開店時間なんだけど……」


 開店時刻になっても同僚が現れないことに、やきもきした様子のカリン。


「アイツのことだ。また面白そうなことにでも巻き込まれてるんじゃないか?」


「いや、まさかねぇ……?」


 そんなカリンとは対照的に、まるで心配しているような気配もない店長であった。


 ***


「どこかにメルロちゃんそっくりの子はいないか?」


「そんな都合のいい人物、そうそう現れるわけが……」


「「あっ!」」


 なんだかとっても嫌な予感がしますが、きっと気のせいでしょう……。


「キミ! ちょっと助けてくれないか!?」


 呼ばれたような気がしないでもないですが、きっと気のせいです……。


「キミだよ、キミ! 青い髪のキミ! なぜ逃げるんだ!?」


 ものすごく私のことのような気もしますが、きっと気のせいです……。


「頼みます! 今日のぷりっちショーに出てください! お願いします!」


 目の前に回り込まれ、滑り込むように土下座されてしまいました……。足下を封じられ、ついうっかり立ち止まってしまいました……。


「メルロちゃん役はもうキミしかいないんだ! どうかお願いします!」


「と、とりあえず顔を上げてください!?」


 往来の真ん中でスタッフさんたちが土下座している光景は、すっかり注目の的になってしまっていました。私が土下座をさせていると勘違いされていそうです……。


「私これから仕事ですので……。なんならすでに遅刻なんですが……。そういう訳ですので、ごめんなさい」


「職場は我々が説得する! お金も払う! 土下座だってする!」


「そ、そういう問題じゃ……」


「この通りです! よろしくお願いします!」


「わ、わかりました……」


 私のバカーーー!!!


 勢いに押し切られ、つい承諾してしまいました……。


「ありがとう! このご恩は明日まで忘れません!」


 仕事……どうしましょう……。


「とりあえず、まずはキミの職場を説得しよう! 職場はどこだい?」


 途方に暮れる私の心情を察してか、スタッフさんの一人がお店を説得してくれるみたいです。


「えっと、『コルボ』です……」


 私が店名を告げると、スタッフさんたちはなぜか顔を見合わせてしまいました……。


「えっ? 『コルボ』ってもしかして……」


「ああ……。『西高の切り裂きジャック』ことフウカ先輩が経営してると噂の……」


「俺電話したくない……。あの子帰して、今からでも代わり探した方が……」


「バカ! あんな逸材他にいないぞ!」


「でも……」


 えっと……本当にこの人たちに任せて大丈夫ですか……?


 しばらくすると、皆さん遂にじゃんけんを始めました。負け残った人が携帯電話を取り出しますが、その足は産まれたての子鹿のように震えています……。


 なんでしょう。不安しかありません……。


 ***


 プルルルル。


 店の電話が鳴り、近くにいた店長が取る。


「はい、こちら『コルボ』。あぁ? そちらのスタッフの青い髪の子を、今日の『ぷりっち』ショーに貸してくださいだぁ? どういうことだ……って、切れやがった……」


「どうしたのよ? もしかしてアオイから?」


 遠くで開店準備を進めていたカリンが尋ねる。


「いや……」


 店長は一つため息をついて言った。


「お前ら……。今日は店休みにして、『ぷりっち』ショーでも観に行くか……?」


 ***


「ふぅ~」


 電話担当の方は、一仕事終えたと言わんばかりの清々しい表情です。


 まるで留守電に録音する時のようなまくし立てっぷりでしたが、本当に大丈夫なのでしょうか……?


「よし! じゃあキミの衣装はこれね! あっちにロッカーが有るから着替えてきて!」 


 スタッフさんから衣装を渡されました。カリンちゃんがこの前着ていた衣装の、赤の部分がパステルブルーに変わったバージョンです。


 衣装のタグには「M・RISA」とオシャレな筆記体で書かれています。衣装のメーカーさんでしょうか?


「えっと、セリフとか何も分からないんですけど……?」


 ふと思いついた不安を尋ねてみます。……まあ、不安じゃない要素を探す方が難しいんですけどね……。


「ああ、大丈夫! メルロちゃんのセリフは『……』しかないから!」


「ええ……。じゃあ、動きの確認とかリハーサルとかは……?」


「ああ、大丈夫! うちのショーは『アドリブ100%』がモットーだから! ぶっつけ本番、溢れるパッションで乗り切ってくれ!」


「ええ……」


 何一つとして大丈夫ではありません……。「絶対私じゃなくてもよかったですよね?」と言いたくなるのを何とか堪えました。いや、別に堪える必要ない気もしますが……。


 そうして、不安100%の『ぷりっち』ショーが開幕してしまったのでした……。

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