第4話「圧縮! 炸裂! レモン果汁!」

「……唐揚げプレート。50個入りで」


「レモンは?」

 

 テーブル席の一角で、無表情な店員と強面な団体客のやり取りが行われている。至って普通の光景であるはずだったが、話が「唐揚げにレモンはいるか」という確認まで進むと、屈強な男達がなぜか皆いっせいに固唾を飲んだ。


「……お願いします」


「はーい」


 男たちが覚悟を決めたように絞り出す声に対して、その店員もといノアは塩対応で返すと、無表情のまま厨房へと戻っていった。


「はい、唐揚げ50個。今レモン持ってくるね」


 10分ほどが経ち、唐揚げプレートを持ってきたノアはテーブルの真ん中に淡々とそれを置いた。


 レモンを取りにノアが踵を返すと、厳つい男たちの緊張もピークに達したようだった。


「お待たせ。レモン持ってきたよ」


 戻ってきたノアの手には、そのままでは果汁を絞るには不向きであろう、切られてすらいないそのまんまのレモンが握られていた。


「じゃあ、行くよ」


 そう言うとノアはパチンと指を鳴らした。すると、プレートの真上、男たちの目線の高さくらいに青紫色の小さな重力球が展開される。山頂の唐揚げが微妙に浮き上がったが、長続きはせず、すぐに元の鞘へ収まっていった。


 団体客はその重力球を固唾を飲んで見つめている。すると、そこに目掛けてレモンが唐突に投げ入れられた。


 全方位の圧力を受けたレモンは空中で破裂し、ブシャーとその果汁を四方八方へと撒き散らす。


「ぐわあぁぁぁ~!!!」

「目が! 目があぁぁぁ~!!!」


 レモン汁の噴射をもろに顔面で受けた男たちは、各々もの凄い形相で悶え苦しんでいた。


 しばらくのたうち回っていた男たちがようやく鎮まると、リーダーっぽい年長の男がよろよろと立ち上がり、ノアの方へと向き直る。


 一見異様な光景であるが、慣れた客にとっては日常茶飯事なのか、あまり気にしている者はいないようだ。


「ノアの姐御!!! 本日もありがとうございやしたあぁぁぁ!!!」


 店内で出すには迷惑な音量でそう叫ぶと、その男はノアに向かって深々と頭を下げた。


「これで若い衆にも気合いが入ったと思いやす!!! おい、お前ら!!! それ食ったら五九十組ごくとお組の事務所へカチコミ行くぞ!!! お残しは許さないからなぁ!!!」


「「「押忍!!!」」」


 そう号令がかかると、屈強な男たち数人が50個の唐揚げを囲み、あっという間に平らげ、そのまま騒がしく店を出ていった。


         ***


「アンタね……。初見のお客様がビビるから、アレやめさせなさいよ……」


 男たちが店を出てカチコミに向かったであろう頃、カリンはノアをたしなめるように言った。


「私は需要があるからやってるだけ。それに、私の能力は正直言って使い勝手よくないし、彼らに助けられてる部分もあるから無下にもできない」


 ノアはいつもの無表情ながら、こころなしか神妙な様子で答えた。


「……悪かったわ。でも、あの声量だけはなんとかならないかしらね……。今もちょっと頭が痛いわ……」


 カリンが頭を抱えながらそう言うと、ノアは静かにクスッと笑ってみせた。


「まあ、稼ぎになってるからいいだろ。……ただし、そこの飛び散ってるレモン。全部片付けて掃除しとけよ」


 通りすがりの店長がノアに向かってそう言うと、ノアは掃除用具を取りにトボトボと歩いて行ったのだった。


          ***


 ノアの得意魔法は「重力展開」。ピンポン玉ほどの大きさの重力球を展開する。重力球は周囲のものを吸い寄せ、中央のものに全方位から圧力を加えることができる。しかし、吸引力は人間の鼻呼吸程度の微々たるもので、かかる圧力も握力程度である。


 「コルボ」では、主に果汁を絞ったり食材を潰したりに使われているが、性質上四方八方に飛び散ってしまうため、あまりパフォーマンスには向いていない。……と思われていたが、ふとしたきっかけで例の団体の御用達となり、売り上げを支えてくれているのだとか。


         ***


 とあるお客様へのアンケートより。


「あっしはアニキに連れられて来たんですが、そこで見た光景は衝撃の一言でした。『八九三やくさんの赤鬼・榊』の二つ名で恐れられるアニキの顔面にレモン汁をぶち撒け、あまつさえゴミを見るような目で蔑むことができるような人間は、この世にノアの姐御を除き、いやしません。あっしが恐怖のあまり失禁してしまったのは、後にも先にもあの日だけです。一生ついていきやす!!! 姐御!!!」

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