第3話「オレンジのダンスショー」

「アオイちゃ~ん! オレンジジュース一つおなしゃ~す!」


「は~い、今お持ちしまーす」


 金髪の若い女性客からオレンジジュースの注文が入り、それを受けたアオイが厨房の中へと消える。


「お待たせしました~」


 戻ってきたアオイがそういって出したのは、氷だけが入ったグラスだった。


「って、アオイちゃんこれ氷だけじゃん? だいじょぶ? 働き過ぎで疲れてんじゃない? わーかほりっくってやつ?」


 独特な口調の女性客から、わざとらしいツッコミが入る。


「あら、私ったら? 申し訳ありません。只今ご用意しますね」


 釣られてアオイもわざとらしく返し、指先を厨房の方向へ向けて呪文を唱える。


 すると、オレンジ色の球体がアオイの指先に向かってゆらゆらと近づいてきた。アオイが指揮者のように指先を動かすと、球体もその指示通りに空中を踊り始めた。


 たまに通行人にぶつかりそうになるのを慌てて制御しながら、アオイのタクトによるオレンジジュースのダンスショーは1分ほど続いた。


 フィナーレを前に、球体はアオイの指先付近へと戻ってくる。アオイは指先でギリギリ触れない程度の距離間で、それをちょんとつつくような動作をする。すると、アオイの合図に呼応して、球体は星型・ハートマーク・三角形などに次々姿を変えていく。


 最後にアオイが手のひらを返してグラスの方へ向けると、先ほどまで踊っていたそれは自らグラスへと流れこんでいき、グラスのオレンジジュースとして女性客の前に提供された。


「オレンジジュース、お待たせしました~」


「アオイちゃんスッゲ~! いつ見てもチョー映えんね!?」


 女性客からのオーバーな拍手と賛辞を受け、アオイは照れ笑いを浮かべる。


「あ、そうだ! さっきの動画ブルバに上げよっと! アオイちゃんも一緒に撮ろっ?」


 アオイの返事も待たず、女性客はキメ顔でSNS用の写真撮影の構えに入る。


「え? いつの間に撮ってたんですか? いや、SNSは遠慮しておきます……ってもう撮ってるじゃないですかあぁぁぁ~!? 待って、待って、載せないでくださ、あぁぁぁ~!」


 慌てふためくアオイの断末魔のような叫びが店中に響き渡った。


「あはは! アオイちゃんチョーカワイイ。マジウケるんですけど」 


 女性客は悪びれもせず、そんなアオイの様子を見て笑っていた。


           ***


「私の客も大概だけど、アオイも大変ね……」


 そんな騒ぎを尻目に、厨房前でカリンが同情の目を向ける。


「まあ一番人気の代償ってやつ? 人気者は大変だよね」


「アンタはもう少し頑張りなさいよ……」


 冷めたコメントのノアに対して、呆れて言うカリン。


「はーい」


 やる気のない返事をして、ノアはホールの方へ向かって行った。


 その手には、レモンが一つ握られていた。


          ***


 アオイの得意魔法は「水流操作」。任意の液体を視認し、呪文を当てることで、それを自由に移動・変形させることができる。しかし、操れる質量は300ミリリットルが限界だ。


 その能力を活かし、「コルボ」では彼女がジュース類を操り、様々な姿に変えるパフォーマンスが行われる。見た目的にも映え、危険性も低いことから、一番人気のパフォーマンスとなっている。


         ***


 とあるお客様へのアンケートより。


「この前、ヤー系のイカツイおっちゃんに、うっかりトマトジュースぶち当てちゃってたときのアオイちゃん、慌てふためき過ぎでチョーカワイかった! マジサイコー! また今度やってね、お願い!」

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