第2話「まじかる☆ふれいむ」

「やっと片付いたね……。二人ともお疲れ様……」


 三人がようやく片付けを終えたのは、すっかり夜の帳が落ちきってからだった。


 すっかり疲れ切った様子のアオイが、同じく疲労困憊のカリンとノアの二人を労う。


「アオイもね……。本当に災難だったわ……」


「あはは……。そうだね……」


「まあ、そこのカーテンは全焼したし、足の折れたテーブルやイスもそのまんまなんだけどね……」


 店の様子を見回しながら呟くノア。


「まあ……それは店長に買い直してもらいましょう……」


「さよなら、今月の給料……」


 ノアのわざとらしい泣き真似が、すっかり静かになった店内に響いた。


「とにかく、疲れたから今日はもう帰りましょ……。しかし、自業自得とはいえ給料なしは堪えるわね……。店長なりの冗談であることを祈りたいわ……」


「多分本気だと思うなあ……」


「右に同じく……」


「まあ、そうよね……。分かってるから言わないで……」


 カリンの溜息が虚しく響いたのち、三人はそれぞれ帰路についたのだった。


 ***


「いらっしゃいませ~。魔法カフェ『コルボ』へようこそ~」


 ドアについたベルがカランコロンと鳴り響き、アオイのほんわかとした出迎えの声が店内に響く。


 昨日の散々な有り様から一転、「コルボ」は何とか営業を再開することができた。戦禍の爪痕はところどころに残ってはいるが、それもいつもの光景だとお客さんの多くは気にも止めていないようだった。


「カリン氏~。チーズフォンデュと拙者のハートに火をつけてほしいでござる~」


 女児向け魔法少女アニメのキャラが描かれたTシャツを着た20代ほどの小太りの男が、喉のどこから出しているのか分からない声でカリンへと呼びかける。


「はいはい。じゃ、行くわよ」


 カリンは男の元へと向かったのち、チーズフォンデュの火付け皿へと指先で狙いを定める。


「カリン氏。せっかくなら『ぷりっち』のロゼちゃんの必殺技『まじかる☆ふれいむ』の口上を唱えて欲しいでござる」


「ええ……? それどんな口上よ……?」


「女児向けアニメの必殺技の口上を唱えてほしい」という客の無茶ぶりに対し、渋々ながらも聞き返すカリン。


「『ぷりてぃ・みらくる・まじかる・ふぁいやー』ですぞ」


「ええ……。普通に嫌なんだけど……。仕方ないわね……」


 コホンと咳払いをはさむカリン。


「ぷりてぃ・みらくる・まじかる・ふぁいやー☆」


 今にも笑顔が引きつりそうになるのを堪えながらそう唱え、指先から火矢を飛ばしてチーズフォンデュの固形燃料に火をつけた。


「うーん。やっぱりカリン氏がやるには痛いでござるな」


 この野郎……。


「アンタがやれっていったんじゃない!? しかも『痛い』ってアンタにだけは言われなくないわよ!?」


 うっかり目の前の男をぶん殴りそうになるのを堪えながら叫ぶカリン。迫真の女児向けアニメの口上も相まって、店中の注目の的となっていた。


「カリン、今日も絶好調だね」


 普段無表情なくせに、ここぞとばかりにニヤついたノアが話しかけてくる。


「うるさいわね! アンタもさっさと働きなさいよ!」


 顔を真っ赤にしたカリンが一喝する。


「はーい」


 ノアは教科書通りの棒読みでそう返事をして、厨房の奥へと逃げるように去っていった。


 ***


 カリンの得意魔法は「火炎魔法」。


 ファンタジー世界ではお馴染みの派手な火炎放射や火柱を彷彿とさせる響きだが、カリンが起こせる火力はマッチ一本分程度。それを細めて矢の形にすることで、「フレイムアロー」として放つことができる。


 そんな彼女だが、「コルボ」では、彼女が「フレイムアロー」を飛ばして、バースデーケーキのロウソクやチーズフォンデュの固形燃料に点火するパフォーマンスが人気を博している。


 ***


 とあるお客様へのアンケートより。


「あの嫌そうながらもやってくれるときの、何とも言えない表情がたまらないでござる」

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