第15話
あれから私は、王妃様に言われた通り、アリスが起きるかも知れないことをした。
アルベールと結婚の話を進めたり、リズ様と、この世界では貴族の避暑地として有名なノルマンドラの海へ行って泳いだり、水をお湯に変える魔法を使って長風呂を楽しんだりした。
イリスは人間の国王、または女王が治める国で、残念ながら、ハイファンタジーに登場するような、エルフ、ドワーフ、ホビット、ノームなどは存在しないようだったけど、王立図書館の司書室にあった魔道書を使って、尻尾が柴犬みたいにくるっと巻いた、赤い目のキジトラ猫をウサギ耳にしたようなカーバンクルを呼び出して、抱っこしたり、使役してみたりもした。
現代日本でも人気があった看板猫みたいに、数日の間、王立図書館の貸し出しカウンターに座って、簡単な貸し出し業務をして貰ったこともあった。
貴族は魔力がある人達が多いが、カーバンクルに目をとめる人達は少なく、また気になっても視線を向けるだけの人達が多かった。
従者達やレディーメイド達はもちろん、カーバンクルが気になっても話しかけられない。
現代日本のように、映えやバズりを狙って写真を撮る必要もないので、平和と言えば平和だが、良くも悪くも、あれに慣れてしまうと、何か肩透かしを食ったような気がした。
私としては、アリスも望んでいそうで、自分も楽しく、貴族として最低限しなければならないことを選んだつもりだったのだが、いつまで経っても、アリスは目覚めなかった。
夏も終わりに近づいたある日、王立図書館にリズ様の婚約者がやってきた。
リズ様の婚約者、エドガーは、優男然としたアルベールと違って、健康的で逞しく、笑顔が素敵な好青年といった感じだった。
服も、女性を引き立たせるような、深いグリーンの上下を着ていた。
白のブラウスもシンプルで、アルベールが着るような装飾性はあまりなかった。
リズ様の隣で貸し出し手続きをしながら、ほんの少しではあるが、私にはアリスの心が動いたのが分かった。
胸の辺りがキュッと痛くなる感じもした。
ーー叶わない恋をしていたのは、リズ様ではなく、アリスだったのだ。
結婚後も、貴族の自由恋愛は認められているとはいえ、相手が乗ってくれなければ 何も始まらない。
これは後で気づいたことだが、リズ様は気の合う相手と出会うと顔を輝かせてしまうらしく、それは相手がアルベールでも、王妃様でも、アリスでも同じことだった。
アリスが馬車で事故にあったあの日も、王立図書館に、リズ様の婚約者が来ていたらしい。
貴族を狙った馬車の事故から守るため、リズ様の従者メグが馬車に十分な魔法をかけ終わらないまま、アリスは馬車で家へと帰ってしまった。
そして、あの事故が起きた。
リズ様は、ずっとそのことを悔やんでいたらしい。
そこで、私は、王妃様に協力を求めた。
シーズンを終えて、貴族達が領地へ帰る時期が近づいたある日、王室主催で開かれたパーティーで、私は、リズ様の協力を得、リズ様の婚約者、エドガーと、王家の庭にいた。
東の大国、シノワールから取り寄せた花火が打ち上がる中、私はエドガーとダンスを踊っていた。
王宮から流れてきた音楽がクライマックスに向かって盛り上がる中、私の中でアリスが目を覚ました。
……私、私は、あの方が好き。
私は、それを捕まえた。
アリスは抵抗したが、彼女は多分、心のどこかで、こうなるのを待っていたのだろう。
その隙を逃す私ではなかった。
内気でも、親友の婚約者でも、愛してくれる幼なじみを裏切りたくなくても、自分の幸せは自分で捕まえなきゃ。
人生、自分の力だけではどうにもならないことも多いけど、チャンスが来たら捕まえなきゃ!
私にできるのはここまで!
喉から手がでるほど欲しかったものを、私の人生はどんなに望んでも、努力しても、気まぐれに希望を見せることはあっても、真っ逆さまに自分が望む方向へ固定されることはなかったけど、心の中に苦いものを感じながら、私はアリスに託した。
私は、アリスに身体を開け渡すと、二回目の生を終えた。
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