第10話
この世界の魔法はどうなっているのだろうか?
アリスの記憶を覗いてみると、初等教育の段階で習うようだった。
家庭教師の女性がアリスに授けた知識によれば、この世界でも、むかしは魔法が自由に使えたようだが、ある日、公害のようなものを引き起こし、王家に仕えていた伝説の大賢者ライムストーンが魔法を回収し始め、魔法は王家が管理するものになった。
今の、王立図書館によって貸し出される原型を作ったのも彼で、皮肉なことに、魔法は自由に使われていた頃より、誰でも自由に使えるものになった。
この世界の魔法は、私がいた世界の資源に近く、過去、王立魔法協会によって、「ガラスのオーブを救え!」キャンペーンなどが開催され、物議をかもしたようだ。
オーブとは、この世界における「地球」の呼び方で、私がいた世界でも言われていたように、「寄生しているのは我々でオーブではない。オーブが可哀想とは何事か。 オーブはいつまでも我々を放り出すことが出来る」といった趣旨で揉めたようである。
では、この世界において、本当に、魔法は有限なのか?よせばいいのに、アリスは考えた。
それから、家の書庫にある本や、王立図書館の所蔵する資料を読み漁り、現在に至ると……。
つまり、彼女は、結婚するまでの腰掛けではなく、研究したいテーマがあって、この王立図書館の職員になったと。
それは、私にとって羨ましいことだった。
三流大学にしか入れなくて、その大学でも、他の学生に、「面白い」と言われる学生が別の学生を論破していくのを見ることしか求められなくて、教員に議論を求められた場でも、他の学生達にあわせてお見合いのような意見交換しか出来なくて、いつでも私はフラストレーションを抱えていた。
それと同時に、私は、アリスに、人生を返したいと思った。
今になって、前世の私の記憶が出てきたわけがイマイチよく分からないのだが、私は人生二週目するつもりはなくて、前世の私の人生の出来がどうであれ、安らかに眠りたかった。
そのためにはどうすればいいか、業務をこなしながら悩んでいたら、自然とリズ様に視線がいった。
「……リズ様は、魔法の貸し出しをされたことはありますか?」
お昼休みに、司書室の隣の職員室で、エマが用意してくれたキュウリとハムとチーズのサンドイッチを食べながら、私は、机の向こうに座ったリズ様に尋ねていた。
サンドイッチといっても、現代日本で見慣れたものではなく、昨夜の残りもので作られた口とドレスを汚さないものだけど。それはリズ様の物も同じで、あちらのフィ リングは多分、昨夜の晩餐で出されたものだった。
この大きさに慣れるまで、料理は見た目のボリュームも大事!な私はひもじさを味わった。
職場で、ピクニックのように、パンやサラダやローストビーフを並べられるよりマシだけど……。
ローストチキンが挟まれたサンドイッチを食べる手を止めて、リズ様は紅茶を一口飲むと、
「いえ」
と言った。
「そうですか」
「……アリス様は?」
「あります」
と答えたものの、私は、アリスにこの身体を返すためにはどうしたらいいのか分からなかった。
魔法で私の意識を眠らせるにしても、それは何の魔法になるのか?
王立図書館は貸し出してくれるのか?
分からないことだらけだった。
「……アリス様、よろしければこれを」
リズ様がそっと差し出した紙を見て、私は軽く息をのんだ。
「ありがとうございます」
それは魔法の貸し出し申込書だった。
業務で目にしているものでも、実際に自分が使うかも知れないと思うとドキドキする。
「何があったか存じませんが、配布は自由ですし、一枚持たれていても良いかと思いました」
リズ様のお心遣いに感謝すると同時に、ふと私の中に疑問が湧き上がった。
尋ねたのは私だが、何故、リズ様は、私が魔法の貸し出しをすることを知っているのだろう?
世の中には、何でも見抜いてしまう人もいるようだけど……。
まだ、私が魔法の貸し出しをすると決まったわけじゃない。
ひょっとすると、リズ様は、入れ替わりについて知っているのではないだろうか?
リズ様も、異世界転生者?
もしそうなら、ラノベなどで、よくあった展開だが、リズ様がそうだと裏付ける証拠はない。
もしかして、王立図書館かどこかに似たような事例が報告されていて、リズ様はそれを知っていたとか?
あるいは、アリスの事故について、何か知っている?
そこまで考えを進めて、私は背中に何か冷たいものが走るのを感じた。
あまり考えたくないことだけど、リズ様があの事故に何か絡んでいたとしたら?
「アリス・リドルはいますか?」
「はい?」
職員室の入口から声をかけられて、反射的に返事をすると、声をかけてくれた職員の影から、私の婚約者、アルベールが細長い身体を折り曲げるようにして、こちらを窺っていた。
「アルベール!」
婚約者が恋しかったわけじゃない。
何故か、私は、婚約者が尋ねてきたことをリズ様に見られたくなくて、さっと席を立つと、戸口へと向かった。
「どうしたの?」
「いや、近くまで来たものだから」
彼は私の気持ちに気づかず、帽子を脱いで、リズ様に軽く会釈をした。
その時、私は見てしまった。
リズ様の表情が微かに輝き、すっと元の表情に戻ったのを。
リズ様の変化は微かなもので、アルベールが気づいたかどうかは分からない。
彼は、戸口に隠れるように身体を寄せると、
「具合はどう?」
と私に聞いた。
「……大丈夫」
リズ様のことを彼がどう思っているは分からないし、アリスとアルベールの関係がどんなものだったか私には分からないけど。
私は気づいてしまった。
リズ様は、多分、アルベールのことが好きだと思う。
こうして言葉にしてしまうとあれだけど、鈍い衝撃が私を襲った。
……あれ?
ポロポロと涙がこぼれ落ち、気づけば止まらなくなっていた。
「アリス、ごめん」
そう言って、アルベールは、服が濡れるのも構わず、そっと私を抱きしめてくれたけど。
アリスではない私は、二人の仲を疑うことしか出来なかった。
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