第9話

 翌朝、うちの馬車で王立図書館へと出勤した私は、開館時間を待つ間、カウンター内に一人座っていた。

「あら、お久しぶり。よくなられたんですね」

「リズ様」

 お祖父様の代にのし上がり、爵位を手にした男爵家の長女リズ様に声をかけられ、私は頭の中にあるデータを引っ張り出した。

 成金ということで、未だにリズ様の家系を悪く言う人達もいたけど、ご両親の言葉が時々、庶民のものに近くなる以外は、孫の代ともなると、リズ様達の立ち居振る舞いは、私達貴族と変わりなかった。

 強いて違いをあげるとすれば、イリスは、長く隣国フランに支配されていたので、貴族の中に残る隣国訛がないことくらいだろうか。

 彼女の、大輪の花が咲いたような華やかな外見は、社交界でも一際目を引いたけど。

 色もデザインも控え目にしてあったが、赤とオレンジのドレスはリズ様によく似合っていた。

「何ですの?」

 リズ様が丸くて大きな目を更にくりくりとさせて、こちらを覗き込んできた。

「いえ」

 リズ様の言葉使いも立ち居振る舞いも、私達貴族以上だった。

 私達貴族も幼い頃から貴族の言葉使いや立ち居振る舞いを身につけるけど、リズ様は更に努力されたのだろう。

「……やはり、まだお身体の具合がよくないのでは?」

 リズ様が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「いえ、大丈夫です」

「そうですか……」

 リズ様は心配そうな顔をしたまま、きれいに巻かれた髪を揺らして、司書室へと入っていった。

 ーー確か、今日は、魔法の貸し出しがあったはず。

 深呼吸して呼吸を整えると、私は業務日誌を開いた。

 あった!

 ええと、

 田んぼに水を引く魔法?

 水をお湯に変える魔法!

 あった!これだ!

「どうしましたか?」

「リズ様、これ!」

 私が興奮を抑えきれない表情で尋ねると、リズ様は、

「ああ、それは」

 業務日誌に目を落として、私の視線を追った。

「北部に出来た高齢者施設に温泉が引けなかったので、依頼が来て、王宮の方から許可が下りたんですの」

「……そうだったんですか」

「ちょうど、アリス様が休まれていた頃だったので、ご存知ないのも無理はありませんわ」

 リズ様はフォローもばっちりで、これでは彼女を悪く言う人達の方が分が悪かった。

 水をお湯に変える魔法は存在していた!

 ただそれだけのことが私を興奮させていた。

 しかも、予想通り、何か特別な事情がなければ使えないみたいだし。

 魔法を自由に使える世界の方がよかったけど、異世界転生する前も資源には限りがある世界に暮らしていたので、不自由はなかった。

 私が嬉しそうにしていると、リズ様は、

「よかった。すっかりよくなられたようで」

 と微笑んで、カウンター内の私の隣の席へと腰を下ろした。

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