第7話
現代日本に生まれ育って、異世界転生したら、お貴族様に転生しても大変だ。
バスタブにお湯を入れて貰っても、冷めるのが早い……。
この世界には魔法が存在するけど、湯温を一定に保つ魔法は存在しないか、日常的に使われていないらしい。
もちろん、ボディソープやシャワージェルもない。
今度、仕事に出かけたら、王立図書館で調べてみよう。
バスタブから上がると、待ち構えていたようにバスタオルが差し出された。
この街はサウナや温泉があるようだけど、少なくとも、私の部屋には温泉はない。
家にあったとしても、日常的に使われるものではないのだろう。
ーーこれはあくまで、私の生まれ育った家のやり方で、街に出てみれば違うかも知れないし、同じ貴族の家でも色々だと思うけど。
ローションらしいもので、エマに肌のお手入れをして貰う。
スキンケアも、ボディケアも、私がいつも使っていたものとは違うみたいだけど、まだ肌を潤すものがあるだけ有難いと思うべきか、異世界転生してまで、こういったものにお金と時間を取られることを嘆くべきか分からず、私はグラスに入れられた水を飲みながら、ぼーっとしていた。
明日は仕事だった。
この世界の貴族にとって労働は恥ではなく、ボランティアに毛が生えたような報酬でも積極的にやるもののようだった。
むかし、現代日本にいた頃、父によく言われたことを思い出す。
「端が楽になるから、働く」
周りによくしておけば、よくして貰えると信じていた父のような古い世代にとって、それは正しいか正しくないか、妥当か妥当でないかではなく、信条のようなものであり、子どもにも受け継がせたい考えだったようだけど。
良くも悪くもガチガチの縦社会で、組織の中で先輩に従い、後輩の希望を聞き、二十四時間戦っていれば評価された時代は過ぎ、組織に評価されない憂さを酒と愚痴で誤魔化し、もう寝たい嫁と、明日も学校がある子どもを足止めするので家庭も冷える。
挙げ句に、子どもの将来よりも、何故、自分はもっと評価されないのか、わめくので、子どもは社会に夢が見れなくなる。
父は父で、その日のごはんにも困るような家から、自分の頭一つで、おばあちゃんの希望を聞いて、何の後ろ盾もないところへ、三重県の片田舎から出て来て大変だったんだろうけど、家庭を持っても、自分の出世のことしか考えていないように見えて、とにかく迷惑だった。
当時はそれが普通だったとはいえ、お正月は上司の家へ家族で挨拶に連れて行かれて一日が終わり、花火の日は父の会社の人達がやって来るので母の手伝いをさせられる。
ちょっと偉くなったら、子ども、私が不登校になっても、仲人を、それも何組もやりたがり、おばあちゃんがいつもお世話になっているので、隣の家の娘さんが京都の大学を受験するためにうちに泊まりに来たりして、とにかく地獄だった。
「振袖なんていらない。パソコンが欲しい」と言っても、「パソコンはまた後でこうたるから」と言われ、母が留袖を買いに行くのと一緒に、京都の呉服屋さんで振袖を買ったけど、結局、パソコンは来なかったどころか、余裕がないのに、インターネットの工事を自分ですることにこだわり、私の大学生活と就活は終わった。
ーー大学がうちから近いか、下宿できていれば良かったのかも知れないけど。
要するに、貴族階級の生活なんて本やインターネットでしか読んだことがないけど、 そういったおかしな父親にガチガチにされて来たので、異世界転生してまで、縛りが多い生活は不安でしかなく、はっきり言って嫌だった。
貴族階級だからと言って、必ずしも、今日のごはんに困らないわけではなかったと思うし。
「それでも出て行く子は出て行くんや!」と、うちの母親によく言われたように、貧しい家に生まれても、現代日本で蓄えた知識を駆使して、たくましく、のし上がって行く子もいた。
ネット広告やレビューを参考に幾つか読んだ無料作品を思い出しながら、心の中で私は震えていた。
――弱くて悪かったですね!
親の言うことにいちいち振り回されて、さっさと家を出て行くことも出来ず、泣いてばかりいて。
でも、私には、小さい頃から、これをやったら何になるか、費用はどれくらいかかるか、経理人間の父の前でプレゼンするのは無理だったのだ。
今と違って、インターネットもなかったし。
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