第6話
アルベール・バートンは、私の婚約者であり、伯爵家の長男であり、次期国王候補の親友だった。
彼は、まだ王立学院大学の学生でありながら、領地をあちこち飛び回ったりしていて忙しかった。
「元気そうで良かった」
エマが出してくれた紅茶に口をつけながら、銀の髪を軽く後ろに流し赤のベルベットのリボンで束ねた彼は言った。
「わざわざ、お見舞いに来て下さって、ありがとうございます」
軽く頭を下げながら、私はアルベールを観察した。
彼は、アリスの目にあわせたような、ボリュームのあるフリルがついた白いシャツに、ロイヤルブルーサファイアのような上着とズボンを履いていた。
赤が差し色として使われており、彼の育ちの良さを感じさせた。
ーーこの世界では、アセクシャルやノンバイナリーなんて存在しないんだろうな……。
いたとしても、身分の高い人ほど、本当の自分を隠して結婚し、何事もなく暮らしているか、夫婦を演じていそうだ。
「アリス?」
「……体調が優れませんので、失礼します」
軽くお辞儀をして、私は、
「エマ」
と言った。
「はい」
エマは、
「そのクッキーは、お嬢様が用意されたんですよ」
と言うと、薄くスライスされたアーモンドがミックスされたクッキーをアルベールにすすめた。
「へえ~~、彼女が僕のために?」
クッキーを皿から一枚取りながら、少しおどけたように彼は言った。
アルベールと私は幼なじみのような関係で、生まれた時から家同士の都合で婚約していた。
エマにアルベールを任せて、私は寝室へと戻った。
気分が優れないのは本当だった。
歩きスマホをしていたとはいえ、青信号で横断歩道を渡っていたところ、車にはねられ、この世界に転生したら、婚約者がいた。
転生前に暮らしていた世界のように、いくら、政府の政策の失敗があり、対策が追いつかず、少子高齢化が進んでしまったとはいえ、ひとりでいる人の事情も考えず、妊婦さんや子育て世帯ばかり優先するのもどうかと思うけど。
――貴族の結婚に夢なんて見てないけど。
独身という選択肢がないのもどうかと思う。
冗談でも、アルベールに、
「部屋まで送ろうか?」
と言われなくて良かったと思いながら、私は、私が知らないだけで、独身の貴族もいるのかも知れないと思った。
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