第40話 スローガン

 10月12日の正午、俺はどきどきわくわくしながら、ヨムカクのページを開いた。


【みなさん、こんにちは。早速ですが『アンソロジーを狙え』の初回のテーマ『新入社員』の結果を発表します。


 1位    夢月姉     花見の席取りは新入社員の仕事


 2位    日々名夜    意外と麻雀好きな私    


 3位    雨永遠     パソコンの使い過ぎで視力低下


 4位    東しまこ    五月病


 5位    にわとり    意外と人見知り


 6位    ガイ船長    分析大好き人間


 7位    なすみん    三度目の就職


 8位    おとん     レビュー好き


 9位    八倉クジラ   ホラー大好き人間


 10位   九子実     勝手に名前をもじってすみません  

  |

  |

 38位   ケンタ     なかのさん

  |

  |

  |

 1126位 昭和のスーパースター   百歳の新入社員 


(38位か……まあ、初回だから、こんなものか。あと三回チャンスがあるから、その中で必ず10位以内に入ってやる。……それにしても、昭和のスーパースターさん、今年もまた最下位になってるけど、タイトルだけ見ると、なんか面白そうなんだよな)


 そんなことを思いながら、俺は順位の下に書かれている選評に目を向けた。


【前回のテーマ『新入社員』は、実際に経験したことを書かれていた作品が多かった気がします。その中で10位以内に入った作品は、どれも新入社員が一度は経験する場面が書かれていました。なので、設定自体は突飛というわけではなく、悪い言い方をすると、ありきたりなのですが、その中で工夫を凝らし、オリジナリティ溢れる作品に仕上げていました。10位以内に入れなかった作品の中にも、光り輝くものが多かったので、次は是非とも10位以内に入れるよう頑張ってください。それでは二回目のテーマを発表します。今回のテーマは『工場』です。参加される方は、あさっての正午までに作品を公開してください。】


(今回のテーマは工場か。一口に工場と言ってもいろんな種類のものがあるからな。まずは何関係の工場に絞るかが問題だが……)


 俺は散々考えた挙句、食品工場に決めると、早速書き始めた。


【俺が勤務している食品工場には、スローガンの類みたいなものがやたらとある。

 やれ、工場内をキレイにしようとか、やれ、生産性を上げようとか、言うのは簡単だが、それを実現するとなると、これがなかなか難しい。

 例えば生産性を上げようとすると、今までより更に機敏さが求められる。

 そうすると当然仕事も雑になり、その結果ロスが増えるという、まさに本末転倒となってしまう。

 

 俺が思うに、大事なのは技術的なことよりも、従業員一人一人の心に余裕があるかどうかだ。

 人間というものは心に余裕がないと、決して良い仕事はできない。

 焦ってやると、ロクなことにならない。

 こんな簡単なことが、なぜ分からないのか。


 この工場には、各個人が考えた目標を毎月提出するという規則があり、その中で一番優秀なものが、その月のスローガンとして工場の玄関に大きく貼り出され、朝礼時に従業員全員でそれを読み上げる。

 アルバイトの俺は、馬鹿らしくて今まで一度も提出したことはなかったが、今回はちょっと遊び半分で書いてみた。



 そして月末の朝礼時、工場長が来月のスローガンについて話し始めた。


「いやあ、今回は良いものが多くて、選考が難航しました。今回選ばれたものは反対意見も多かったのですが、私が気に入って半ば強引に決めました。それでは発表します。来月のスローガンは、アルバイトの竹本君が考えた『人間にミスは付き物。ミスを怖がらず、その代わりにミセスを怖がれ』です」


(なにー! なんで、俺が半分ふざけて書いたものが採用されるんだ? 馬鹿じゃないのか、この工場長は)


 心の中で毒づいていると、透かさず工場長が選んだ理由を喋り始めた。


「このスローガンは一見ふざけているように見えますが、何回も読んでいると、実に味わい深いものだと気付かされます。なので、ほぼ私の独断でこれに決めました」


(いや、いや。深くなんかないって。俺が何も考えず、適当に書いたものなんだから!)


 俺の心の叫びが工場長に届くわけもなく、結局このふざけて書いたものが来月のスローガンに決まってしまった。



 翌日、このスローガンが俺の名前付きで玄関に貼り出され、朝礼時に工場長の掛け声のもと、従業員全員でこれを唱和した。

 その際、ふと周りに目をやると、既婚女性たちの冷たい視線が一斉に俺へと向けられていた。】


(うん。発想も突飛だし、オチもうまく決まった。これは期待できるかもな)


 俺はそんなことを思いながら、タイトルを『スローガン』とし、公開ボタンを押した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る