第26話 哲学科の哲子
俺は散々悩んだ挙句、何とか直観にまつわる物語を完成させた。
【私、佐々木哲子は現在19歳の平凡な大学一年生。この哲子って名前がきっかけになったわけじゃないけど、大学では哲学を専攻している。
哲学はお世辞にも人気のある学問とは言い難く、元々学ぶ人が少ないうえ、女子は私しかいない。
中学、高校と女子校で育った私は、男性に対する免疫がなく、この環境が苦痛で仕方なかったんだけど、先日ある男子学生が隣に座ったことで、その考えは百八十度変わった。
田所文太という名の彼は、名前と同じように古風な感じがして、私的にはかなり好みのタイプだった。
私はそれ以来、哲学の講義が楽しみになり、教授の話もろくに聞かず、彼のことをじっと観察していた。
(田所君と仲良くなりたいのは山々だけど、話し掛ける勇気なんてないし……このままじっと見てることしかできないんだろうか)
田所君を観察しながらそんなことを考えていると、大学内の別の学部に、高校時代クラスメイトだった杉本美咲がいることを思い出した。
美咲は高校時代によく合コンとかしていたので、男性のことはよく知っているはずだった。
やがて講義が終わると、私は早速美咲にメッセージを送った。
『ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?』
『哲子が相談なんて珍しいね。で、何?』
『それは会ってから話したいんだけど』
『分かった。じゃあ、明日の午前中の講義が終わった後でいい?』
『うん。じゃあ、また明日』
私は、あまり親しいわけではない美咲があっさりと承諾してくれたことにホッとしながら、そっとスマホを閉じた。
翌日、午前中の講義が終わると、私はすぐに待ち合わせ場所の食堂へ向かった。
「哲子、久しぶりー」
一足先に食堂に着いていた美咲は、私の顔を見るなり手を振ってきた。
「ごめんね。急に相談したいなんて言って」
「ううん。じゃあ話す前に、メニュー決めちゃおうよ」
「そうね」
私はコロッケ定食、美咲はパスタをそれぞれ注文した。
「同じ大学にいるのに、まったく会わないね」
私は高校を卒業してから初めて会う美咲をまじまじと観ながら言った。
彼女は高校時代からイケてるグループに所属していたけど、大学生になってまた一段とオシャレな雰囲気を醸し出している。
「まあ、学部やサークルが違うと、まったく接点がないからね。利用する食堂も違うし」
「美咲はなんのサークルに入ってるの?」
「テニスよ。といっても、ほとんど顔を出してないけどね。それより、相談って何なの?」
「実はある男子学生のことが気になってるんだけど、どう声を掛けていいか分からなくて……」
「ふーん。まあ哲子は高校時代から真面目だったしね。合コンなんかも行ったことないんでしょ?」
「……うん」
「で、その男子学生はどんな人なの?」
「その人、田所文太っていうんだけど、名前の通り古風な感じのする人で、周りの人とは明らかに違うの」
「古風ねえ。で、哲子はその人とどうなりたいの?」
「できれば付き合いたいと思ってるけど……」
「分かった。じゃあ、私が一肌脱いであげるから、後でその人のところに連れてってよ」
「本当! ありがとう、美咲」
「お礼はうまくいってからでいいわよ」
私たちはそれぞれ食べ終わると、すぐに哲学の講義が行われる教室へ向かった。
「あの人が田所君よ」
私は講義の三十分前にも拘わらず、一番前の席で自習している田所君を指差しながら言った。
「分かった。じゃあ、後は私に任せて」
美咲はそう言うと、田所君に近づいていき、何のためらいもなく声を掛けた。
そのまま遠くから二人の様子を窺っていると、終始笑顔で話している美咲に対し、田所君は戸惑っているように見えた。
やがて話し終わると、美咲は笑顔のまま、こちらに向かって駆け出してきた。
「とりあえず、次の日曜日に三人で動物園に行くことになったから」
「えっ! それ、どういうこと?」
「いきなり二人でデートすると間が持たないから、最初は私がいた方がいいでしょ?」
「それで、田所君は納得したの?」
「もちろん。彼、哲子のことも知ってて、真面目な子だって褒めてたわよ」
「うそっ! まさか彼が私のことをそんな風に思ってたなんて……美咲、本当にありがとう」
「お礼はうまくいってからでいいって、さっきも言ったでしょ。とりあえず、次の日曜日に、彼のハートをキャッチできるよう頑張ってね」
「うん!」
日曜日、約束の十分前に動物園に着くと、美咲と田所君は既に来ていて、二人で何やら話していた。
二人は私に気付くと、共に笑いながら手を振ってきた。
「おはよう、哲子」
「おはよう、佐々木さん」
「おはよう、二人とも早いのね」
「まあね。世話役の私が遅れるわけにはいかないからね」
「俺は次のバスだとぎりぎりになるから、一本早いバスに乗ったんだ」
「ああ、そういうことね。なんか私が遅れたみたいな気がして、焦っちゃったわ。あははっ!」
私は緊張を隠すように、わざと明るく振る舞った。
私たちは入園すると、最初にウサギを観に行った。
「わあ! かわいい!」
田所君に気に入られようとしてリアクションを頑張ろうと思っていると、美咲が私より先に大きなリアクションをした。
その後も、行くところ、行くところ、美咲は大げさなリアクションをし、そのせいで私のリアクションはかすんでしまった。
(美咲は今日世話役で来たはずなのに、なんで私のジャマばかりするんだろう)
そんなことを考えていると、美咲が田所君に向かってまさかの言葉を吐いた。
「実は私、初めて会った時から、田所君のこと好きになっちゃったんだよね。いわゆる、直感ってやつ?」
その言葉を聞いて私は居ても立っても居られなくなり、田所君に向かって負けじと言い放った。
「私も田所君のこと、直観で好きになったの! といっても、私は感じる方じゃなくて、観察の方なんだけど。直感が理由のない曖昧なものに対し、直観は経験に基づいたものだから、私の方が断然真実味があると思うの」
「またあんたは、そんな小難しいこと言って。どうせそれも哲学で習ったんでしょ?
そんなことばかり言ってるから、あんたはモテないのよ」
「…………」
的を得た美咲の言葉に何も返せないでいると、田所君が私たちの間に割って入った。
「もうそのくらいでいいだろ。佐々木さんは君よりモテないかもしれないけど、俺は君より佐々木さんの方が断然いいから」
田所君のまさかの発言に固まっていると、美咲が顔を真っ赤にしながら怒り出した。
「なんでそうなるのよ! どう見ても、哲子より私の方が魅力的でしょ!」
「悪いけど、俺は君にはまったく魅力を感じない。君、さっきからずっと大げさなリアクションしてるけど、本心じゃないだろ? 俺、そういうの、すぐに分かるからさ」
「なんだ、バレてたの。そうよ。私、元々動物なんて好きじゃないし、特にここの臭いがたまらなく嫌なのよね」
「じゃあ、なんでわざわざここを選んだんだ?」
「だって、動物園は女の子を可愛く見せられる定番の場所じゃない。だから本当は嫌だったけど仕方なかったのよ。まあ結局失敗したから、意味なかったんだけどね」
そう言うと、美咲は出口に向かって、足早に歩いていった。
「さて、邪魔者がいなくなったところで、デートの続きでもしようか?」
爽やかな笑顔でそう言った田所君に、私は飛び切りの笑顔で「はい!」と答えた。】
(難しいお題だったけど、なんとか形にはなった気がする。あとはこれを審査員がどう評価するかだな)
そんなことを考えながら、俺は投稿ボタンを押した。
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