第27話 ある国語教師の苦難

 10月13日の正午、俺はドキドキしながらパソコンを立ち上げ、ヨムカクのページを開いた。


【みなさん、こんにちは。この記念すべき『アンソロジーを狙え』の一回目のテーマである『直観』に、なんと千を超える作品が集まりました。それでは早速、参加者すべての順位及び作品のタイトルを発表しようと思います。】


 1位    夢月姉     双子の直観力は半端ない


 2位    日々名夜    ネコ好き    


 3位    雨永遠     星を見ると小躍りします


 4位    東しまこ    ケーキ屋の店員は楽じゃない


 5位    にわとり    『おためごかし』より『ひとりごちる』


 6位    ガイ船長    添削は直観が大切


 7位    なすみん    元猫部


 8位    おとん     私は直観でレシピを決めています


 9位    八倉クジラ   ラブホよりイカホ


 10位   九子実     勝手に名前をもじってすみません  

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 160位  ケンタ     哲学科の哲子

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 1037位 昭和のスーパースター  直観より浣腸が好き



(160位か。まあ、そのくらいが妥当だろうな。ていうか、昭和のスーパースターさん最下位になってるけど、どうせまたくだらないものでも書いたんだろうな)


 そんなことを思っていると、順位の後に講評が書かれていることに気付いた。


【まずは10位以内に入られたみなさん、おめでとうございます。みなさんの作品は来年刊行予定の短編集に収録されますので、楽しみにしていてください。

さて、前回のテーマ『直観』に関してですが、苦労している方を多く見受けました。直感は聞いた事があっても、直観はなかなか日常生活で使うことはないですからね。その中で10位までに入った方は、どれも作品の中にうまく直観を取り入れていました。また10位以下の中にも、面白い発想をされている方はいましたが、テーマに沿った作品というルールを守っていない方がかなりいて、改めて難しさを感じました。というわけで、二回目となる今回は前回より少し優しくしました。今回のテーマはずばり『とうとい』です。参加者の方は明後日の正午までに作品を公開してください。】


(尊いか。確かに直観よりは優しいかもしれないけど、これはこれで決して楽なテーマとは言えないな)


 そんなことを思いながら、俺は特にオチも決めず書き始めた。


【高校の国語教師になって早25年。若者の言葉の乱れは今に始まったことではないが、最近特にそれが顕著に表れている。その代表と言えるのが『やばい』と『尊い』だ。この二つの言葉は、本来の意味とまったく違う場面で使われることが多く、俺たち国語教師を大いに悩ませている。今更言ったところでどうにかなるものでもないが、俺は次の授業でこの二つの言葉が持つ本来の意味を生徒に教えようと思っている。


『♪キンコンカンコン』


 授業の始まりのチャイムが鳴ると、俺は「よし、行くぞ!」と久しぶりに気合を入れながら、二年三組の教室に向かった。


「えー、今日は予定を変更して、ある二つの言葉の持つ本来の意味を、お前らに教える。まずは『やばい』からだ」


 そう言った途端、生徒たちはざわつき始めた。


「先生、なんでそんなことしようと思ったんですか?」

「試験も近いんだから、普通に授業してくださいよ」

「ていうか、『やばい』って、どんな時にも使える万能な言葉じゃないんですか?」


「まあ、落ち着け。俺だって普通に授業したいんだけど、このままお前らが本来の意味を知らずに大人になると思ったら、急に怖くなったんだよ」


「分かりました。じゃあ手短に説明してください」


 学級委員の田中の言葉に救われ、俺は『やばい』について語り始めた。


「じゃあ、『やばい』の本来の意味を説明する前に、まずはどんな場面で使うか聞いてみよう。じゃあ佐野、お前はどんな時によく使うんだ?」


「俺は美味しいものを食べた時ですね。『このラーメン、マジでやばい』という風に使います」


「なるほどな。じゃあ、木戸。お前はどうだ?」


「私は面白い動画を観た時に、『この動画、やばいくらい面白いんだけど』って言います」


「なるほど、そういう使い方も確かにあるな。じゃあ桜井、お前はどうだ?」


「僕はドラマや映画を観てる時ですね。演技の上手い役者を観ると、思わず『今の演技、やば過ぎる』って言っちゃいます」


「そうか。今のお前らの意見を総合すると、すべていい意味で使っていることになる。しかし本来の意味は、危険な状態や不都合を指す、マイナスな言葉なんだ」


「うそっ!」

「マジで!」

「先生、それ本当ですか?」


「ああ、本当だ。お前ら、あるお笑い芸人がこの言葉をテレビで連呼している姿を見たことないか?」


「あっ! そういえば、見たことあります」

「俺も!」

「私も!」


 「その時の状況をよく思い出してみろ。彼は危険な状態の時に使っていなかったか?」


「そういえば、そんな気がしてきました」

「僕も」

「じゃあ、俺も」


「昔はそういう時にしか使っていなかったということを知っておいても、決して損じゃない。じゃあ次は『尊い』だが、その前にさっきと同じように、どんな場面で使うか聞いてみよう。じゃあ木村、お前はどんな時に使うんだ?」


「私は彼氏のことを友達に自慢する時に『彼氏のレベルが高過ぎて尊い』ってよく言います」


「お前、友達にそんなこと言ってるのか? ……まあいい。じゃあ次は吉田。お前はどうだ?」


「僕は推しのアイドルに対して『推しの笑顔が尊すぎる』ってよく使いますね」


 「そういえば、お前は大のアイドル好きだったな。じゃあ次は江口、お前はどうだ?」


「俺は家に帰った時にしっぽを振りながら出迎えてくれる愛犬に向かって、『ほんと、お前は尊いな』って、よく言います」


「なるほどな。お前らの意見を総合すると、気分が上がっている時によく使っていることになるが、尊いの本来の意味は、崇高で近寄りがたい、神聖である、極めて価値が高いで、崇高さや価値の高さを表す時に使う言葉なんだ」


「へえー」

「そうなんだ」

「初めて知ったわ」


「さっきも言ったが、本来の意味を知っていて、決して損ではない。あと、これは余談だが、昔の教師は平気で生徒を殴ったり、暴言を吐いたりしていた。俺たち生徒はその都度グッと我慢していたわけだが、今の教師がそんなことしたら、体罰とかパワハラとか言われて、たちまち学校を追われることになる。だから俺たち教師は、いつも戦々恐々としながら日々を過ごしているんだ。本来、教師は尊い存在なんだぞ。それなのにお前らときたら、そんなことはまったく思わず、好き勝手なことを言っては俺たちを困らせている。この前も……」


「「「先生、もう分かりましたから、早く授業をしてください!」」」】



(うん。即興で書いた割には、うまくまとめることができた。これは前回より順位が上がるかもな)


 俺は満足感に浸りながら投稿ボタンを押した。 

   


 

  

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