第23話 象の豆知識

 初めての乗馬体験で肝を冷やした後、俺たちはラクダを観に行った。


 やがて原っぱのような場所に着くと、そこにはなぜか体が草まみれになっているラクダがいた。


「あのラクダ、なんであんなに草が付いてるんだろう」


 恐らくみんなが疑問に思っていることを、伊藤が誰に言うともなくつぶやいた。


「確かにそうだな。周りは土だし」

「ほんと謎だわ」


 林と上原も狐につままれたような顔をしている。


「多分、エサ用の草をバケツで与えられた時に、嬉しさのあまりバケツをひっくり返して、その上で寝転がったんじゃないかな」


 当てずっぽうでそう言うと、みんながなぜか感心するような目で見てきた。


「おおっ! お前、冴えてるな」

「絶対そうに違いないわ!」

「見直しましたよ、斎藤先輩!」


 褒められて嬉しくないわけじゃなかったけど、俺は上原の言葉に少し引っ掛かった。

 見直したということは、裏を返せば、それまでの評価があまり良くなかったということだ。

 そんなことを考えながら、そのまま観察していると、ラクダが口を三角の形にしてこちらに目を向けてきた。


「あははっ! なんかラクダが変な顔してる」

「ほんとだ。なんであんな顔してるんだろう」

「ていうか、元々あんな顔なんじゃないか?」


「いや。あれは俺たちの気を引こうとして、わざとあんな顔してるんだよ」


 再び当てずっぽうで言うと、今度はみんな乗ってこなかった。


「いや、そんなわけないだろ」

「そうですよ。いい加減なこと言わないでください」

「前言撤回します」


「…………」


 評価の上がり下がりが激し過ぎて、俺は頭が痛くなってきた。



 その後、道なりに進んでいると、前方にミーアキャットのブースが見えてきた。


「「わあっ! 可愛い!」」


 伊藤と上原はミーアキャットの姿がチラッと見えただけで、歓喜の声を上げた。

 程なくしてブースに着くと、四匹のミーアキャットが互いの体を地面にこすりつけたりして、じゃれ合っていた。


「なんか、のどかな光景だな」


 林がしみじみと言う。


「ああ。観てるだけで癒されるな」


 穏やかな気持ちになりながら、そのまま観察していると、不意に中年のおじさんが『はくしょん!』と、大きなくしゃみをした。

 途端、ミーアキャットたちはじゃれ合うのをやめ、慌てふためきながら四方に飛び散った。


「あははっ! あの子たち、びっくりしてる」


 そんなミーアキャットたちを見て、伊藤は腹を抱えながら笑っている。

 それに対し、上原はくしゃみをした中年男性を睨んでいる。

 ミーアキャットたちを驚かせたことに、腹を立てているんだろうか?


「ミーアキャットたちには気の毒だけど、おじさんがくしゃみしたせいで、いいものが観れたな」


 林がうまくまとめたところで、俺たちは最後に象のブースへと向かった。


 やがてブースに着くと、二頭の象がちょうどエサを食べているところだった。


「わあっ! やっぱり大きいね!」

「鼻も長いよ!」

「何気に耳もでかいな」


 三人が口々に感想を言う中、俺はエサを食べ終えた象たちが、鼻を折り曲げながら顔を左右に動かしている姿に注目した。


「どうやら、象たちは腹がいっぱいになって満足してるみたいだな」


 そう言うと、伊藤が首を傾げながら、「そうかな? 私にはもっと食べたいって催促してるように見えるけど」と、真向から否定した。


「私もそう思う。象って、一日の大半を食事に費やしてるみたいだしね」

「そうそう。なんたってあいつら、一日に二、三百キロもの野菜や果物を食べてるからな」


 上原と林も伊藤の意見を肯定し、俺はまたしても独りぼっちとなってしまった。


「確かに言われてみればそんな気がしてきた。現に飼育員たちがエサの用意をしてるしな」


 飼育員が草やリンゴを象に与えている姿を見て、俺は改めて自分の見解が間違っていたことに気付いた。

 このままではまずいと思った俺は、唯一知っている象の豆知識を披露して、さっきのを取り返そうと思った。


「お前ら、なんで象の鼻が長いか、知ってるか?」


「エサを食べたり、水を飲んだりするのに便利だからですよね?」


「……正解だ」


 上原にあっさりと答えられ、結局俺はまったくいいところを見せられないまま、動物園を後にする羽目になった。



「俺は伊藤とうまくいきそうだけど、お前の方はダメみたいだな」


 帰りのバスの中で、林がニヤニヤしながら言う。

 二人の席と離れていることもあり、彼はまったく遠慮しなかった。


「上原は元々お前のことが好きなんだから、そう簡単にはいかないさ」


「お前、さっき自分の話術でメロメロにするって言ってなかったか?」


「……まだあいつのことをよく知らないから、こんな形になったけど、今日である程度笑いのツボが分かったから、今度会う時は今日のような失敗はしないさ」


「今度があるといいけどな。下手したら、もう会ってくれないかもしれないぞ」


「そこはお前の力でなんとかしてくれよ」


「一応、伊藤に頼んでみるけど、もしダメだったらもう諦めるんだな」


「……そんな」


 林の非情な通告に、俺は我ながら情けない声を出してしまった。


 









 





 


 

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