第22話 胸キュンしりとり

「さあ、弁当食べ終わりましたよ。早く面白い話をしてください」


 伊藤がニヤニヤしながら言ってきた。


「悪いけど、会話の中でちょいちょい面白いことを言うのが、俺のスタイルなんだよ」


 何も思い付かなかった俺は、咄嗟にそんな言い訳をしてみた。


「そうなんですね。じゃあ、斎藤先輩の趣味はなんですか?」


「特にないけど、強いて言うなら、ピンポンかな」


「へえー。先輩って卓球するんですね」


「いや。そっちじゃなくて、俺がやってるのはピンポンダッシュの方だ」


「はあ? そんな悪趣味なことやってるんですか? ていうか、それ犯罪ですよ」


 冗談を真に受けた伊藤は、軽蔑しているような目を向けてきた。


「いや、今のは軽い冗談で言っただけなんだけど……」


「そうだったんですか? ということは、笑うところだったんですね。すみません、全然気が付かなくて」


「私もまったく気付きませんでした。ていうか、たとえ冗談だったとしても、全然面白くないんですけど」


 上原が傷口に塩を塗るようなことを、平然とした顔で言った。


「……そうか。どうやら今みたいなのは、お前らには合わないようだな」


「私たちだけじゃなくて、誰に言っても同じですよ。ところで、先輩の特技ってなんですか?」


 伊藤が矢継ぎ早に聞いてきた。


「面白いことを言って人を笑わせるって言いたいところだけど、今ので大分自信がなくなったからな。あとは、ものまねくらいかな」


「へえー。じゃあ誰か、やってみてくださいよ」


「分かった。じゃあ、まずは数学の和田先生のものまねを披露するから、よく聞いとけよ。えーと、今日は9月27日だから、まずは9と27を足してみよう。そしたら36になるな。次に36を9で割ってみよう。そしたら4になるな。最後に、27から4を引いたら23になるな。というわけで、出席番号23番の〇〇。前に出て問題を解け」


「「あははっ!」」


 このものまねは予想に反して、二人に結構ウケた。

 その後披露した校長や芸能人のものまねも一様にウケ、俺はなんとか面目を保つことができた。



「さっき、スタッフに聞いたんですけど、なんか無料でポニーに乗れるみたいですよ。今からみんなで行きません?」


 上原が目をきらきらさせながら誘ってきた。


「ポニーって、小さい馬のことだろ? あれって、小さい子供しか乗れないんじゃないのか?」


 林が怪訝な顔で聞く。


「多分大丈夫だと思います。で、どうしますか?」


「おれはどっちでもいいけど、斎藤どうする?」


「そうだな。まあこんな機会は滅多にないから、乗ってみるか」


 この後の上原との関係を良くするため、俺は彼女の提案に乗ることにした。


 やがてポニー乗り場に着くと、ほとんどが小学生以下と思われる集団が列を成していた。


「ある程度予想はしてたけど、まさかこんなに子供ばかりとはな」


「ああ。こんなところに並ぶのは恥ずかしいぞ」


 林とともにすっかり気後れしていると、上原が「一人だとそうかもしれないけど、四人いるんだから全然恥ずかしくなんかないですよ」と、やや強引に俺たちを列に並ばせた。


「待っている間暇だから、しりとりでもしません? で、ただのしりとりだとつまらないから、すべて胸キュンの言葉で返しましょう」


「それ、いいね」


 上原の提案に透かさず伊藤が乗り、よく分からないまま、しりとり大会が始まった。


「じゃあ、言い出しっぺの私が最初で、次に林先輩、美穂、斎藤先輩の順でいきます。じゃあ始めますよ。好き」


「えーと、じゃあ、きれい」


「イケメンですね」


「うーん。じゃあ、ネギトロ丼作ったんだけど、食べる?」


「あははっ! それ、全然胸キュンしないんですけど」


 上原がなぜか腹を抱えながら、笑い転げている。


「そうか? 俺はこんなこと言われたら、嬉しいけどな」 


「まあ最初ということで、今のはぎりセーフとします。じゃあ、ルビーの指輪を君に贈るよ」


「えーと、じゃあ、よしよししてやろう」


「あははっ! 林先輩、それも微妙ですけど、まあ良しとしましょう。じゃあ、海より深い愛情で君を包んであげる」


「うーん……『る』は難しいな」


「じゃあ、降参しますか?」


 上原がニヤニヤしながら言ってきたけど、ラブコメ小説を書いている身としては、ここで負けるわけにはいかない。


「じゃあ、ルーロー飯作ったんだけど、食べる?」 


「あははっ! ルーロー飯って、なんですか。ていうか、さっきと同じこと言ったので、今のは失格とします」


「マジかっ!」


 まさかの敗北に、俺はすっかり自信を失い、結局その後もずっと負け続けた。


(考えてみると、俺の作品って、あまり胸キュン言葉がないんだよな。これを機に、今度からもう少し小説の中に胸キュン言葉を入れてみよう) 


 そんなことを考えているうちに、ようやく順番が回り、まずは言い出しっぺの上原が、スタッフの指示を仰ぎながらポニーにまたがった。


「わあっ! 気持ちいい!」


 途端、上原は歓声を上げる。表情を観ると、本当に気持ちよさそうだ。

 その後に乗った林と伊藤も、上原と同じように歓声を上げ、素直に喜びを表現していた。

 そして、いよいよ俺の番になったんだけど……。

 実を言うと、俺はポニーに乗るのが少し怖い。理由は動物全般が信用できないから。 

 もし機嫌の悪い時に乗って、振り落とされたりでもしたら、たまったもんじゃない。


「俺はいいから、他のところに行ってみようぜ。もうここで大分時間を使ったからさ」


「お前、そんなこと言って、本当はポニーに乗るのが怖いんじゃないのか?」


 林が怪訝な顔でそう言うと、他の二人も疑いの目を向けてきた。


「そんなわけないだろ。じゃあ、乗ってやるよ」


 結局乗ることになった俺は、スタッフの指示を聞かず、勢いよく乗ってしまい、驚いたポニーが暴れ出した。


「うわあ! 落ちる!」


 俺はさながらロデオをしているような状態になり、振り落とされないよう、ポニーにしがみついた。


 程なくしてポニーが大人しくなると、俺はスタッフの助けを借りながら下馬した。


「お前、さっきの姿面白過ぎたから、写真撮ったぞ」


 林がそう言いいながら、スマホを俺の顔に向けてきた。


「こ、これは……」


 そこには、必死の形相でポニーにしがみついている俺の姿が写っていた。


 

 


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