第4話 嫌味な数学教師

「「おはよう」」


 北野と平中が登校してきた。この二人は中学が一緒で、いつも同じ時間の電車に乗っている。


「「おはよう」」


 俺と林が同時に挨拶を返すと、北野が早速昨日の部活についてしゃべり始めた。


「小百合とも話してたんだけど、ほんとあの先生って勝手よね。私たちの意見も聞かず、いつも自分一人で決めてさ」


「ああ。おれなんて昨日疲れすぎて、十時に寝ちゃったもんな」


 林がさっき俺に言ったことをリピートする。


「このままじゃ簿記にかかりきりで、他の勉強が疎かになっちゃうわ」


「それはどうかな。別にやろうと思えば、他の勉強もできるんじゃないか?」


 北野の意見に俺は異を唱える。確かに練習時間は長くなったけど、他の勉強ができない程ひどくはない。現に俺は、昨日小説投稿サイトで小説を書いている。まあそれは、勉強とは言えないかもしれないけど。


「それより、今日一時間目数学でしょ? 私、あの先生苦手なんだよね」


 北野は俺の意見を聞いて自分が不利だと感じたのか、すぐに話題を変えてきた。


「わたしも。なにを考えてるか、よく分からないし」


 そんな北野に平中も同調する。確かに数学の和田先生は独特な感性を持ってるけど、俺は別に嫌いじゃない。


「あの先生、少し変わってるもんな。変な数字遊びをして、生徒の反応を楽しんでる節があるし」


 林の言う変な数字遊びとは、和田先生が生徒に当てる時に使う、ある遊びのことを言ってるのだろう。


「でもあれのせいで、誰に当たるか分からないから、逆に楽しめるじゃないか」


「全然楽しめないわよ。普通にその日と同じ出席番号の人が当てられる方が、どれだけ楽か」


「そうそう。その方が、心の準備もできるしね」


 北野の意見に、またしても平中が同調する。もしかすると、俺は彼女のこういう平和主義なところに惹かれているのかもしれない。



 やがて一時間目の授業が始まり、和田先生が黒板に問題文を書き始めた途端、教室内が一気に静まり返った。


(これ、これ。この雰囲気が何とも言えないんだよな)


 そんなことを思っていると、先生がいつものように数字遊びを始めた。


「えーと、今日は4月18日だから、まず4と18を足してみよう。そしたら22になるな。次にその22に4を掛けてみよう。そしたら88になるから、今度はその88から18を引いてみよう。そしたら70になるな。70なんて出席番号はないから、更にこの数字を小さくする必要がある。そこで今度は、70から4を引いてみよう。そしたら66になるな。……ふふ。勘のいい者なら、もう答えは出てるんじゃないか? その66から22を割れば3になる。よって出席番号3番の……と思わせておいて、更にそこから4を掛けたら12になる。よって出席番号12番の斎藤、前に出て問題を解け」


(ええーっ! まさか俺に当たるとは)


 すっかり油断していた俺は、慌てて問題文に目を向けたが……。


 元々数学が苦手なこともあり、問題文を見てもさっぱり解き方が分からない。

 部活で人一倍数字と向き合っているとはいえ、それとこれとは別問題だ。

 どうすることもできず、黒板の前で頭を抱えていると、先生が声を掛けてきた。


「お前、たしか簿記部だったよな? それなのに、こんな簡単な問題も解けないのか?」


「…………」


 みんなの前で嫌味を言う先生に腹が立ったけど、事実なので何も言い返すことができない。すると、先生は更に攻撃を加えてきた。


「顧問が変わって少しはマシになってきたかと思っていたが、どうやら俺の思い過ごしだったようだな。はははっ!」


 そう言われて思い出した。珠算部の顧問である先生は、簿記部のことを良く思っていないことを。

 先生は、珠算部が大会等で過去に輝かしい実績を残していることを誇りに思っていて、まったく実績を残していない簿記部に優越感を持っているのだろう。


「聞くところによると、お前ら簿記部は今度の大会で優勝を狙ってるみたいだが、こんなのが分からないようじゃ、予選落ちは決定だな。はははっ!」


(くそっ、なんで俺がここまで言われなくちゃいけないんだ? この先生、今まで直接関わったことがなかったから分からなかったけど、とんでもなく嫌な奴だな)


 そんなことを思っていると、先生が珠算部の部長を務めている鈴木という男子生徒に声を掛けた。


「じゃあ鈴木、このままじゃ埒が明かないから、代わりに前に出て解いてやれ」


「はい」


 鈴木は俺を避けながら黒板の前に立つと、すらすらと問題を解き始めた。

 俺は屈辱に耐えながら、それをじっと観ていた。



 



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