第2話 小悪魔的な彼女
「じゃあ今から、お前らの実力を測るために、簡単なテストをする」
岩田先生はそう言うと、自ら問題用紙を配り始めた。
「別にこのテストで、お前らをどうこうしようとは思ってないから、気楽に臨め」
先生の言葉を聞いて一安心し、問題用紙に目を向けてみると……。
(なんじゃ、こりゃあ! まだ習ってない問題ばかりじゃないか。ていうか『株式申込証拠金』って何?)
初めて見る勘定科目に、頭が混乱する。俺は今三級の資格を持っていて、授業や部活では二級の勉強をしてるんだけど、これは明らかに一級の問題だ。
こんなの解けるわけないと不満に思いながら、ふと周りを見ると、みんなも戸惑いの表情を浮かべている。
ちなみに一年生の二人は、その間ずっと真剣な顔で先生と何やら話していた。
やがて時間になると、先生は自ら解答用紙を回収し、採点をし始めた。
当然のように誤答だらけの俺たちの解答用紙を、先生はずっと厳しい表情で採点をしていた。
程なくして四人の採点が終わると、先生は厳しい表情を保ったまま口を開いた。
「まあ、ある程度予想はしていたが、正直ここまでひどいとは思わなかった。でも心配することはないぞ。俺の作った練習メニューを毎日こなしてさえいれば、必ず全国大会に行けるからな」
先生は自信満々にそう言ったけど、俺を筆頭に誰一人としてそう思っている者はいないだろう。
簿記の甲子園と言われている全国大会に、俺たちを出場させると岩田先生が宣言してからは、それまでの和気あいあいとした練習風景はガラリと変わり、殺伐とした雰囲気の中で毎日練習をしている。
前任の佐々木先生は、自分が作ったオリジナルの問題を俺たちに解かせて、それぞれ分からないところがあれば、個々に教えていくというスタイルでやっていた。
それに対し岩田先生は、ひたすら全国大会で採用された過去の問題を解かせるという、佐々木先生とはまったく違うやり方を貫いている。
どちらのやり方がいいのか俺にはよく分からないけど、一つ言えるのは前の方が明らかにやりやすかったということだ。
それに関しては他のメンバーも同じ意見で、林に至っては「俺このままだと、ノイローゼになりそうだよ」と、ぼやく始末だ。
岩田先生は、俺たちが分からないところを聞いても、「解説を読んで自分たちでなんとかしろ」の一点張りで、決して教えてくれようとはしなかった。
そんなある日の放課後、いつものように簿記室で過去問を解いていると、一条が教科書片手に近づいてきた。
「先輩! ここがちょっと分からないんですけど!」
一条はなぜかハイテンションで聞いてきた。
いつもは一年生の相手は先生がするんだけど、職員会議に出ているため不在だった。
「どこが分からないんだ?」
同じ女子の北野や平中がいるのに、なんで俺に聞くのかと思いながらも、俺は彼女が指差す箇所に目を向けた。
「ああ、これはな……」
一条が聞いてきたのは、簿記の初歩中の初歩と言われるもので、俺はそれを見た瞬間、一年前の懐かしい記憶が蘇ってきた。
「なるほど! さすが先輩、これからも分からないところがあったら、教えてくださいね」
一条はそう言うと、嬉しそうな顔をしながら、自分の席に戻っていった。
もしかして俺、彼女に気に入られているんだろうか?
そう思ったのも束の間、またしても一条が教科書片手にこちらに向かってきた。
(やれやれ、またかよ。モテる男はつらいな)
そんなことを思いながら、待ち構えていると、彼女は俺の前を素通りし、林の席の前で止まった。
「先輩! ここがちょっと分からないんですけど!」
彼女がさっきとまったく同じテンションで質問するのを、俺は少し寂しい気持ちで聞いていた。
やがて職員会議を終えた先生が入室してくると、空気は一変し、いつものように電卓をたたく音だけが聞こえる状況になった。
そんな中、先生がその音をかき消すような大きな声で話し始める。
「そのまま練習してていいから、少し俺の話を聞いてくれ! 六月にある検定試験で、二年生全員に二級を受けてもらうことにした。もし全国大会に出場することになった場合、二級くらい持っていないと恥ずかしいからな。よって、これからは全国大会の問題と検定の問題を並行してやっていくから、そのつもりでいるように」
(マジかよ。その二つを並行してやるってことは、当然今までより練習時間が長くなるってことだよな。今でさえキツいのに、これ以上時間が増えると、林じゃないけど本当にノイローゼになっちゃうよ)
他の部員たちも俺と同じことを思っているみたいで、みんな一様に困惑した表情を浮かべていた。
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