簿記と恋とネット小説に懸けた青春

丸子稔

第1話 熱血先生登場!

 令和六年四月初旬、俺は二年一組の教室で、昼休みに部活仲間たちと紙マージャンに興じていた。


「おい、斎藤。新しく顧問になる先生って、どんな人なんだろうな?」


 対面に座っている林亮一が聞いてきた。


「さあな。前の佐々木先生みたいに緩い感じの人だったらいいんだけどな」 


「昨日の始業式の時に、新任と転任の先生を何人か紹介してたでしょ? あの中にいた誰かがなるのは間違いないわね」


 部活の部長である北野恵美がそう言うと、俺は即座に「興味ないから、全然見てなかった」と返した。


「ふふ。斎藤君、相変わらずね」


 左隣に座っている平中小百合が小馬鹿にしたように言う。


「まあな。あの中に若い女の先生でもいれば、話は違うんだけどな。はははっ!」


 


 俺こと斎藤賢太は現在、平成商業高校という名の高校に通っていて、簿記部に所属している。

 簿記っていうと、堅いイメージを持つかもしれないけど、そんなことはなく、前の顧問だった佐々木先生が優しかったせいもあって、今まで和気あいあいとした雰囲気の中でやってきた。


「けど、もし新しい顧問が怖い先生だったら、どうする?」


 林がなおも聞いてくる。


「運動系のクラブじゃないんだから、そんなに怖れることないって」


 俺がそう返すと、透かさず北野が「そうよ。ほんと林君って、心配性ね」と同調した。


「まあ、それもそうだな」


 そう言って、林がツモ切りすると、平中が「ロン」と言いながら、紙を挟んでいるプレートを静かに置いた。


「タンピン、三色、ドラドラの跳満はねまんよ」


「ええっ! まさか、ダマでそんないい手をテンパっていたとは……」


 普段はどちらかというと天然系で、しゃべり方もおっとりしてる平中だけど、ことマージャンに関しては、なぜか誰よりも真剣に取り組んでいる。


「これでまたわたしが一番ね。ラッキー」


 無邪気な笑顔でそう言う平中とは対照的に、最後に振り込んだせいで最下位となったしまった林は、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。




 やがて放課後になると、俺たちは連れ立って簿記室へ向かった。

 俺たち簿記部は、普段授業で使用している簿記室でいつも練習をしている。


「あれ? 顧問の先生、まだ来てないみたいだな」


 林が誰もいない教室を見ながら言った。


「まあ、待ってれば、そのうち来るわよ。それまで自主練習でもしよう」


 北野の一声で、俺たちはそれぞれカバンから電卓と問題用紙を出し、練習を始めた。

『カタカタ』という電卓の軽快な音を聞きながら、そのまま練習をしていると、不意に強面の中年男性が二人の女子生徒を引き連れて入室してきた。


「おい、誰が練習していいと言った? お前ら、勝手な真似するんじゃねえよ!」


 男性が発した怒号に、俺たちはすぐに電卓をたたく手を止めた。


「俺は今日から簿記部の顧問となった岩田だ。前の顧問がどうだったか知らんが、俺が顧問になったからには、お前らに勝手なことはさせんぞ。これからは俺の組んだメニューをやらせるから、そのつもりでいろ」


 有無を言わせない岩田先生の言葉に、周りは一気に緊張が高まり、誰も言葉を発せられないでいると、不意に彼が連れている女子生徒のうちの一人がゆっくりと口を開いた。


「私、一条真紀と言います。昨日入学したばかりで、簿記のことはまったく分からないので、先輩方いろいろ教えてください」


 この場に似つかわしくない程の笑顔で挨拶した彼女は、良く言えばいい度胸をしているということになるんだろうけど、悪く言えば空気が読めないということになる。果たして彼女はどちらなのか。

 そんなことを思っていると、もう一人の女子生徒が挨拶をし始めた。


「私、高橋美桜と言います。私はこの学校に受かった時から簿記の勉強を始めていたので、少しは分かっているつもりです」


 先生や俺たちにやる気のあるところを見せたかったのか、彼女はそう言った。

 その物怖じしない話し方や表情から、彼女が気が強い女性であることは容易に想像できた。


「俺は前の高校で、簿記部を全国大会に出場させた実績がある。お前らにもそこを目指してもらうからな」


 突然、岩田先生が聞き慣れない言葉を使った。全国大会って何?

 ふと気になって周りを見ると、みんなキョトン顔になっている。

 やはりみんなも、なんのことか分かっていないのだろう。


「その顔を見ると、どうやらお前ら知らないようだな。じゃあ軽く説明するから、よく聞いてろ。全国大会というのは、毎年八月に開催される全国高校簿記大会のことだ。七月に各都道府県で予選が行われ、そこで優勝すれば代表として東京で行われる本大会に行けるんだ。言わば、簿記の甲子園ってやつだな」


(簿記の甲子園だって? おいおい。俺たちにそんなもの目指させる気かよ)


 そんなことを思っていると、先生は更に続ける。


「つまり予選まであと三ヶ月あまりしかない。優勝するためには、今から死に物狂いで練習しなければならない。お前らにはそれに付き合ってもらうから、覚悟しろよ」


(マジかよ。死に物狂いって、一体どのくらい練習させようと思ってるんだ? ……ああ、佐々木先生。今からでも遅くないから、戻ってきてくれ!)


 周りの者がみんな呆然としている中、俺は一人そんなことを考えていた。 




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