### 第二章: 絆の始まり
蒼牙と美羽が共に旅を始めてから数日が経っ
た。山の奥深くを抜け、谷や川を越え、彼らは
静かに進んでいた。蒼牙は大きな龍の姿のまま
で、美羽の少し前を歩きながら、時折振り返っ
て彼女に言葉をかけていた。
「疲れていないか?」
蒼牙の声は、彼の大きな体からは想像できない
ほど穏やかだった。美羽は小さく微笑んで首を
振った。
「大丈夫です。まだ歩けます。」
彼女は、蒼牙の気遣いに少し驚いていた。彼は
人間の姿ではないが、その心には確かに人間と
しての優しさが残っていることを感じ取ってい
た。
*
夜が訪れ、彼らは広い空を見上げながら休息を
取ることになった。星が瞬く中、美羽は火を焚
き、蒼牙と向き合っていた。彼の大きな体は夜
の闇に溶け込んでいたが、その赤い瞳は鮮やか
に光っていた。
「なぜ、あなたは龍に変えられてしまったので
すか?」
美羽は勇気を振り絞って尋ねた。
*
蒼牙はしばし沈黙した後、低い声で話し始め
た。
「私がまだ人間だった頃、戦乱の時代だった。
私は戦士として生き、多くの者を守ろうとし
た。しかし、ある日、裏切りに遭い、戦場で命
を落としかけた。その時、一人の魔術師が現
れ、私に呪いをかけた。私はそのまま龍の姿に
変わり、永遠に孤独を生きる運命となったの
だ。」
美羽は驚きの表情を浮かべながらも、静かに話
を聞いていた。その声には、戦士としての誇り
とともに、失ったものへの深い後悔が混じって
いた。
「どうして、その魔術師はあなたをそんな呪い
に?」
「…私を救うためだ、と言っていた。だが、真
実はわからない。ただ、その時の私は人間とし
て生きる価値がないと思っていたのかもしれな
い。」
美羽は黙って頷いた。彼の言葉からは、失われ
た希望と、愛を知ることができなかった孤独が
痛いほど伝わってくる。
「蒼牙さん…」
美羽は小さな声で彼の名を呼んだ。
「あなたは…孤独だったのですね。」
蒼牙は一瞬目を伏せ、静かに息を吐いた。
「そうだ。長い間、ずっと一人で過ごしてき
た。誰とも心を通わせることなく、この体に閉
じ込められて。」
美羽は蒼牙の話を聞くうちに、彼の孤独な旅路
が少しずつ自分の心にも影響を与えていくのを
感じた。彼の痛みを知れば知るほど、彼を救い
たいという思いが強くなっていく。
「でも、今は私がいます。私はあなたを一人には
しません。」
美羽の声には決意がこもっていた。自分にでき
ることが何なのか、まだはっきりとはわからな
い。だが、彼を孤独から救いたいという気持ち
が、胸の奥で強く鼓動していた。
*
蒼牙は静かに美羽を見つめ、柔らかな微笑みを
浮かべた。その笑顔は、これまで美羽が見たこ
とのない、穏やかなものだった。
「ありがとう、美羽。君がここにいることが、
今の私には何よりも大きな救いだ。」
その言葉に、美羽の胸は温かく満たされた。
---
彼らの旅は続いていった。日々を共に過ごす中
で、美羽と蒼牙の絆は少しずつ深まっていっ
た。美羽は、蒼牙が龍の姿でありながらも、ど
こか人間としての優しさと温かさを持ち続けて
いることを実感し始めた。
*
一方で、蒼牙もまた、美羽という存在が自分の
中で特別な意味を持ち始めていることに気づい
ていた。彼女の笑顔や優しさに触れるたびに、
蒼牙は失った人間としての感情が少しずつ蘇っ
ていくのを感じていた。
*
やがて、彼らの前に待ち受ける試練と、蒼牙を
取り巻く呪いの真実が明らかになる時が迫って
いた。そして、その時こそが、美羽と蒼牙の関
係を決定的に変える瞬間となるだろう。
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