桜の華の隣には
紺埜るあ
桜の華の隣には
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※注意
本作は内輪向け二次創作的作品群の二次創作、三次創作ともいえる小説です。
登場人物名やタグでピンと来なかった方は楽しめない可能性があります。
ご了承ください。
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「今日も大きな収穫はなし、と。」
毎朝のメールチェックを終え、今日もまた目ぼしい情報が得られていないことを確認した私は、新幹線が新大阪に着くまでの時間を進歩がない現状を打破するために使うことにした。このまま過去に起きた新興宗教団体によるテロ事件や暴力団が関与している疑いのある事件を追うばかりでは彼女の足取りを掴むことなどできやしないのではないか。もっと他に調べることがあるのではないか。そうした疑念を振り払うためでもある。過去の事件を追うばかりではなく過去の自分を振り返る。ジャンプの主人公がときどきやるように自分の原点や大事なものを見つめ直す、それが今の自分に必要なことだろう。
事の始まりは高校生の頃。三年になってしばらく経ったある日、幼馴染の桜華が突然「人を殺した」と言ってきたことだった。
「え、えっ?なに?」
「聞こえなかった?じゃあもうい」
「いやそうじゃなくて!そうじゃなくて……」
「……?」
「冗談、だよね?」
「ううん。」
桜華は首を横に振りながら静かに、しかし確かな芯のある声で言った。冗談じゃないことなんて訊く前から分かっていた。私がまだ一つ目の告白を処理しきれていないうちに、さらに淡々と二つ、
「だから、もうこの町にはいられない。」
「一緒に卒業もできない、ごめん。」
となんでもないことのように続けた。
私はその間ずっと、何かを言おうとして口を開いては何といっていいのか分からずに閉じ、声にならない音だけをこぼしていた。どれくらいの間そうしていたのだろう、その日のことはそこまでしか思い出せない。
次の日、桜華は学校に来なかった。さらに次の日も、次の日も。
桜華は本当に私の前から姿を消した。
私たちの好みは実際のところほとんど合っていなかった。
それでもずっと二人でいた。
桜華は冗談を言ったり嘘をついたりするような子ではなかったし、あまり口数も多い方ではなかった。だから、彼女がわざわざ言う事なら信じるしかなかった。
意味のない嘘が好きなのも、私の方だった。
少し時が経ち、私は大学生になった。憧れていたほどキラキラとしたキャンパスライフを送っているわけでもなく、かといって友人がひとりもいない寂しくも自由気ままな生き方でもない一般的な大学生。
友人はいたが、彼女ほど親しい人間が新たに出来ることはなかった。今思えば、無意識のうちに一線を引いていたのだろう。親しくなればなるほどにいつどのようなかたちで訪れるかもわからない別れが恐ろしいものになってしまう、と。
あくまでも無意識にだった。決して自ら望んでいたわけではない。その頃の私は彼女の衝撃の告白と直後の失踪のことを考えないようになっていたからだ。考えるのをやめていた、というほうが正確なのかもしれない。ずっと隣にいた幼馴染が殺人を犯したという非現実的なことを信じると決めたあとに初めて衝撃ではなく恐怖を感じ、桜華がいなくなり、高校卒業と大学入学に伴う環境の変化もあって日常から彼女を感じる痕跡がなくなったのをいいことに、自分の記憶にすら蓋をして見ないふりをしはじめた。
その蓋を開けることになったのは、とあるニュースを目にしたことがきっかけだった。友人と被っていないコマの講義が始まるまでのヒマつぶしに、いつものようにSNSのタイムラインを見ていたときに見た、とある都市で起きた殺人事件の記事。高校生の娘とその母親による、父親殺し。女子高生と殺人という要素が結びついた瞬間、頭の中でなにかが弾けたような感覚があった。
閃光が走った。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。彼女の、桜華が起こしたという殺人事件は報道されていたのだろうか。されているはずだ。されていなければおかしい。しかし思い返してみると、彼女が失踪したときに学校では転校として説明があったが、あまりの唐突さに友達が少なかった彼女のことであっても話題にはなった。なったはずなのだが、そのとき誰一人として殺人なんてことは言っていなかった。噂にすらなっていない。
それに、彼女が自首したり逮捕されたりしたなんてことも聞いていない。彼女は、桜華は本当に殺人なんてことをしでかしたのだろうか。一度考え始めると次から次へと疑問が湧いてくる。動機は?殺した相手は?場所は?方法は?姿を消した後は?
――私はなにも知らない。知らなければ。この数年間なにも、考えることすらしてこなかったけれど、今からでも動けばなにかには間に合うかもしれない。
高3当時、あまりの衝撃と少し遅れてやってきた恐怖、そして突然の別れでいっぱいいっぱいだった私はニュースやSNSをはじめとして外部からの情報を極力シャットアウトしていた。自分を守るためには最善だったと思うが、彼女について真相を知ろうとするには悪手だったように思えてしまう。だからこそ、今度は後悔しないように、誰かが調べた情報をインプットするだけじゃなく、いちばん早く彼女に関する情報を得る。
「だから私はジャーナリストになったんだ。」
思わずひとり呟いてしまう。隣の乗客が気にしていないようで助かった。
思えば、意味のない嘘が好きだった私が、誰よりも隠された情報に意味を求めて、真相を追究しているのもおかしな話だ。それでも私は、新戸千聖子は辿り着かなければ。もう一度。彼女の、桜華の隣に。
桜の華の隣には 紺埜るあ @luas
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