「夏の遭難花火」 ~青春~ そこに仲間がいるから
夏。
それは汗をかく季節。
遭難。
それは冷や汗をかく出来事。
夏と遭難。
それは冷や汗もでないほどの不運。
出るのは臭い汗だけ。
それが夏の遭難。
「……なるほど、それが今のおれたちの状況というわけか。あい分かった! ご苦労さん、
そのように
やめろ、汗臭い手で気高きあたしの背中を触るな。
あたしは邪気のない顔の悠太をにらんだが、すぐに自分も汗臭いことに気付き、しゅんとなった。
今や、あたしが着ているワンピースは険しい山道を歩いたおかげで、服の部分があちこち裂けていたし、自慢の肌は木の枝や虫刺されで悲惨な状態と化していた。
おまけにワンピースは汗臭く、スニーカーの靴底は泥がこびり付いていて、さらには動物の糞まで……。
あぁ、嫌だ嫌だ。
今をときめく高校生のあたしたちがこんな目に遭うとなると、どうせ残りの人生も動物の糞を踏むような悲しい人生になるに違いない。
あたしが涙ぐんでいるあいだに、今度は凛々しい顔付きの
「で、なぜわたしたちが真夏の日に山で遭難しているのかというと、それは悠太が花火大会の会場は山の中にある、とウソをついたところから始まるのよね。
そんなウソをついた悠太もバカだけど、何よりのバカはそれを信じたわたしたちよね」
麗は夕焼けの空を見上げたのち、それから自分たちが崖にいることを思い出したのか、高所恐怖症の彼女は耳障りな悲鳴を上げた。
「嫌よ、嫌よ……わたしはまだ歩くんだからね。だからあなたたち、こんな崖で立ち止まらないでちょうだい、歩いてちょうだい。わたし、まだ白骨遺体になんかなりたくないのよ!」
そう叫ぶと、麗はえーんと泣き出してしまう。
やれやれ、いつだって麗はヒステリックだ。
そんな麗にあたしは言ってやった。
「大丈夫だよ、麗。じきに救助隊がやってくるって」
「梨華……」
麗は泣きやむと、あたしを上目遣いで見た。
直後、あたしは醜く笑った。
「この気高き可憐なあたしを助けるため、今頃下界の人間は大慌てに違いないって」
「り、梨華……?」
麗の表情が凍り付く。
おおっと、つい本音が出てしまった。危ない危ない。
「ついに梨華が狂いやがった……狂いやがった」
悠太は顔を覆うと、何度もかぶりを振った。
「こんなはずじゃなかったんだ……こんなはずじゃ、なかったんだ。
おれはかわいいウサギさんを一目見るため、みんなにウソをついただけで、こんなクソ暑い日に遭難しようとは思ってもみなかった。思っても、みなかったんだぜ……?」
それからは重苦しい雰囲気となり、救助隊が来ると信じているあたし以外は、みんな黙り込んだ。
「みんな、しりとりしない?」
「そうだ、みんなで歌を歌わない?」
「あ、それとも恋バナでもする?」
「やっぱりスマホでも見ようっと。……あれ、電波が通じないよ?」
ここまで言ったとき、それまで沈鬱な表情をしていたはずの麗が、鬼女のような顔でこう言った。
「よければ少し黙っていてもらえるかしら。ねぇ、梨華……?」
はい。
あたしは黙り、それでようやく静寂が訪れた。
それからどれくらい経ったのだろうか。
夕暮れの空はすっかり暗くなり、いつの間にか外はコウモリでも出てきそうな夜になっていた。
もはや、そばにいる二人の顔の輪郭も分からなくなるほどの真っ暗闇。
そんなときだ。
突然、何かが打ち上がる音がしたかと思えば、力強い爆発音が轟き、あたりが一瞬だけ明るくなった。
が、すぐに静寂とともに暗くなった。
「……なんだよ、今の音」
悠太がおびえたような声を出した。
いや、待て。
そうか、今の音は――。
「花火だ!」
あたしたちの声がハーモニーしたかと思えば、先ほどと同じような打ち上げ音が何度も響き、それから大きな掛け声をかけたくなるほどの大量の爆発音がし、うっすらとした花火の光があたしたちの顔を優しくなでた。
本来あたしたちが行くはずだった花火大会が、今始まったのだ。
ここからでも見える。見ることができる。
崖から見ることができる大量の花火はあたしたちを魅了し、三人で歓声を上げたり、笑い合ったりする力があった。
打ち上げられた花火は何色にもなることができ、様々な形にもなることができた。
美しい。きれいだ。
これが夏の花火……これが遭難の花火。
これが夏の遭難花火。
どんな花火会場の席よりも、この席に勝る特等席は存在しない、そう思えるほどの美しい眺めの花火だった。
最後の一発らしき花火が打ち終わると、またもやあたりは真っ暗闇に包まれた。
静寂。
……いや、静寂になんかさせない。
なぜなら、あたしたちの花火はまだ続いているからだ。
よし。
あたしはおもむろに話し始めた。
「……救助隊は来ないよ。なぜだか分かる?」
あたしは手探りで荷物から携帯を取り出し、それから真っ暗闇の世界に光を灯した。
そこには勇気ある頼もしき仲間たちがいた。
あたしは照れ臭く笑ってから、それから仲間たちを信じて言った。
それはどんな花火よりも美しく、明るく……胸が躍るものだった。
「だって、みんなはあたしたちの帰りを待っているんだもん。……そうだよね、二人とも」
「おう」
「ええ」
そのように二人は威勢よく返事をすると、荷物から携帯を取り出し、どこまでも明るいライトを付け、あたりを照らす。
あたしの携帯の充電の残量はだいぶ減っていたが、それでもなんとかなるように思えた。
そう……思えたのだ。
ハッピー&オープンエンドのショートショート四作 ~ヒューマンドラマ・ホームドラマ・青春~ 最上優矢 @dark7
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