「予測不能な恋の決闘」 ~青春~ 一度騙されてみて

 一度でもいい。

 あたしには半殺しの目に遭わせてみたい人物がいる。


 そいつはあたしと信司しんじの仲を引き裂こうと悪巧みしていて、信司の恋人になろうと画策している後輩の羅夢らむだ。

 高校にいるとき、家や外で遊ぶとき、そして信司の前にいるとき、あの子は良家の令嬢みたいに儚く振る舞い、けれどあたしの前では本性をむき出しにする。


 そんなあの子があたしは憎い。

 憎い、憎い……憎たらしい。

 ええい、憎い!


 いっそ、あの子の顔面にパンチでもお見舞いでもして、泥棒猫のプライドをへし折ってみるのはどうだろうか。

 そうだ、それがいい。

 賛成だ。


 いつだって勝者はこのあたし、紗月さつきなのだから。

 どこぞの泥棒猫なんかに、このあたしの恋を邪魔されてたまるものか。


 泥棒猫に顔面パンチをすると誓ってから、わずか一分後。

 それはあたしが泥棒猫こと、羅夢に決闘の申し込みをチャットのメッセージで送ってから、わずか一秒後のことだった。


 このとき、あたしの心臓は確かに停止した。

 なぜなら、なぜなら……なぜならば。


「ババア、起きてるー? 信司先輩がね、今すぐ鎌原かまはら公園に全員来い、だってさ。もう夜中なのに、なんだろね」


 …………。

 あたしの心臓が停止し、あたしが思考停止に陥っているあいだ、向こうは今しがたあたしが送ったメッセージを何十回、いや何百回とチャットで送り返していた。


「泥棒猫、羅夢へ。あたしとあんたの目と目が合い次第、決闘を始めるから、そのつもりで。それでどちらが信司の恋人にふさわしいか、白黒をつけようね~(笑)」


 もちろん、あたしは無視。

 向こうがやる気なら、こちらもやる気を出すまでだ。


 武者震い。


 チャット上では友達関係だった羅夢だが、それもきょうまでらしい。

 あたしは無感情のまま、携帯を操作し、死んだ魚の目で羅夢を友達リストから削除し、彼女のアカウントをブロックする。

 そしたら……あら不思議、永遠と送られてくると思われたメッセージの通知がピタリとやむではないか。


 これでよし、と。


 あたしは身支度をしてから、夜でも夏の暑さを感じる屋外に出た。


 今夜は満月。

 そして今夜は血の飛沫が飛ぶことを予想し、あたしは手触りのよいタオルを首にかけ、自転車を使って鎌原公園へと向かった。



 夜の公園というものは不思議なもので、公園内のすべてが不気味に映った。

 それは公園のベンチに座る羅夢も同様で、闇に溶け込む彼女の姿を見た瞬間、あたしは正体不明の不気味さを感じ、同時に警戒した。


 あたしが羅夢の正面に立つと、彼女と目が合った。

 それであたしは思い出した。


 そういえば、目と目が合った瞬間、あたしたちの決闘が始まるんだっけ。

 いや、そんなことよりも――。


「ねえ、信司はどこなのよ」


 羅夢に向かって、あたしはつっけんどんに尋ねる。

 羅夢は顔をそらしたかと思えば、覚悟を決めたようにあたしを見すえた。

 そして彼女は「ここに信司先輩は来ません」とおしとやかに答えた。


 それであたしは混乱した。

 この場所に信司が来ないこともさることながら、羅夢があたしの前でおしとやかに振る舞ったこと、それが一番混乱した。


 あたしが動揺すると、羅夢はかぶりを振り、「そうですよね、わたしの変わり様が信じられませんよね」と目を伏せた。

 だがそれは一瞬のことで、すぐに羅夢は力強く顔を上げた。


「紗月先輩に真実を……話したいんです」

「……真実」


 長い話になると察したあたしは羅夢の隣に腰かけ、姿勢を楽にし、羅夢の話を聞いてやった。


 それによると、今まで羅夢は信司がいる前では猫を被っていなく、逆にあたしがいる前ではわざと生意気に振る舞っていたのだという。

 信司のことを好きだから、羅夢はあたしのいる前では憎まれ口を叩き、あたしに嫌われようとしていたらしい。


 それは恋の宿敵と仲良くならないためだという。

 仲良くなったら最後、羅夢は信司のことを諦めてしまうから。


 けれど――。


「わたし、紗月先輩と争うことに疲れたんです。だって紗月先輩、本当は優しい人なのに、わたしのせいで紗月先輩が嫌な人になるのは……もう耐えられない。

 わたし、紗月先輩ともうまくやっていきたいんです。そのためにはわたしが信司先輩を諦めないといけないんです。

 こんなにも紗月先輩は信司先輩のことが好きなんですから、二人が結ばれたら、どんなにいいカップルになることか……想像に容易いですよ」


 そのように羅夢は言い切ると、今度は上目遣いになり、あたしを見る。


 あたし? もちろん、あたしは――。


「さ、紗月先輩?」


 謝った。

 羅夢に謝った。

 頭を下げ、羅夢に謝った。


「そんな、頭を上げてください、紗月先輩……どうして先輩が謝らなくちゃならないんですか?」


 あたしは頭を上げ、穏やかに羅夢を見つめる。

 そんなあたしのまなざしに救われでもしたかのように、羅夢は息を呑み、涙目になる。


 あたしはふっと笑い、それから目の前の“親友”の目をまっすぐ見ながら謝った。


「羅夢、ごめん。ごめんね。こんなあたしだから、どうやら真実が見えていなかったみたい」

「いいえ、そんなことないです……先輩は悪くありません」


 せっかくのお言葉だが、あたしはかぶりを振り、今度は寂しく笑った。


「あたしさ、あんたには敵わないな。あたしの恋よりも、あんたの恋のほうがずっときれいで、もっと美しい」


 今度の羅夢は何も言わなかった。

 だからあたしは話を続けた。


「こんなこと言ったら、卑屈って思われるだろうけど……でも言わせて。

 ――あたしの恋はずっと汚くて、ずっと醜いものだった。それは事実」

「そんなこと……」


 あたしは羅夢を制止する。

 すぐにあたしは自分の伝えたいことを打ち明けた。


「じゃあどうするのかって言ったら、あたしのほうが身を引くべきだと思うのよね。

 だから……うん、あんたの恋、応援してるよ。それでいいよね、羅夢」


 できるだけ明るく努め、あたしは羅夢にほほ笑んだ。


 一方の羅夢はというと――あれ?

 今、あの子……少しだけ笑わなかった?

 しかも、それはふだんあたしをバカにするときの笑みだった。


 もしかして……まさか。

「……ねえ、羅夢。あんたさ、今――」


 直後、羅夢は大笑いした。

 思わず耳を覆いたくなってしまう、そんな下卑た笑いが夜の公園に響いた。


 ……やっぱり。

 やっぱり、お前は泥棒猫だ!


 こちらが怒りで震えていると、羅夢のほうから“真実”とやらを打ち明けてくれた。


「あはは、気持ちいいくらいに引っかかってくれたから、おかしくて笑っちゃったじゃん。

 やっぱりわたし、女優に向いているかな? うん、向いているかも。

 こんなにも簡単にわたしの演技でだまされるんだから、きっと向いているかも。女優目指して、がんばってこ」

「……羅夢」


 歯ぎしりで歯が痛かったが、それでもやめずにはいられなかった。


 だって、だって――!


「まずはしおらしく振る舞い、信司を諦めると言って、同情心を植え付けることで、あたしのほうから信司を諦めるように仕向ける。……それがあんたの作戦よね、羅夢」

「ピンポーン! 大正解だよ、ババア」


 なるほど、それならばよかった。

 これで心置きなく、“恋の決闘”ができる。

 いや、それはもうすでに始まっていたか。


「わわっ、暴力反対だって、おばさま」


 あたしが拳を振り上げると、羅夢は逃げ出した。


 逃がすものか!


 あたしは逃げる羅夢を追いかけ回し、公園内を何周かしたあと、それでようやく彼女を捕まえた。


「……何か言い残すことは?」


 慈悲深いあたしの言葉を聞き、羅夢は「あるよ~」とのんびりと言い、憎たらしく手をちょこんと上げた。

 あたしが促すと、羅夢はウインクをしてから、かわいらしく遺言を述べた。


「これからもわたしと仲良くしてね。ねっ、せーんぱい」


 あたし? もちろん、あたしは――。

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