第31話 回転式戦槌型魔導銃マウルタッシュ

 ケレスの挙動に変化があった。蛇行剣という凶器を握っているにも関わらず、右足の蹴り技を多用するようになったのだ。まるで卒業試験の私を模倣するように。


 ケレスの回し蹴りを、肩側に添えた十字架で防ぐ。この光景には既視感があった。立場は真逆だが、間違いなく私と教授がした模擬戦の再現だ。蹴りの威力だけなら私の数倍はあるが。


 ドラマに支配されるもの。


 そういう精霊を定義する言葉の真意が段々と分かってきた。どうやら彼らは随分と厄介な縛りを受けているらしい。いわゆるメタというヤツだ。たとえ有効な凶器を持っていても、相対する私が、こうしてあの試験の教授を再現しようと振る舞えば、ケレスはその流れに則った動きをしなくてはならない。


 すなわち、ヤツは敗北した私を演じなくてはならないのだ。


 成程、「肉体をもつ現象」とは言い得て妙だ。これは私の推測だが、物語的に正しい辻褄を用意した上で、もっともな死因が与えられてこそ初めて殺せる存在なのだろう。


 だから、今の状況では殺せない。


 卒業試験は殺し合いではなかった。だから、ケレスを殺し切るという結末には絶対に至らない。そもそもこの計画には間違いなくケレスの過去が干渉してくる筈だ。……例えば極端な話、ケレスが認識する中で重要な位置付けにある何者かが「お前を倒すのは自分だ」などと啖呵を切っていた場合、その時点で、無関係な他人がケレスを殺すことは困難になる。


「あーもう! クソ面倒くせえヤツだなあ。殺されたらスパッと潔く死にやがれ! このゾンビ! ジコチュー! マンチキンッ!!」


 肘鉄、裏拳。右半身のみを利用した流れるような殴打が繰り出される。憎たらしいほどに完璧な私の再現。それを教授にされたように杖術と運足のみで捌いていく。教授はこの戦い方を「悪癖」と呼んでいた。俯瞰している今なら分かる。敵に呼吸する暇も与えないこれは、裏を返せば驚きのない退屈な動き。目と体が慣れれば、受ける手が吸い付くように動き出す。


 姿勢を低く、恭しくお辞儀する紳士のように懐へ潜り込む。


 鋭く腰に引いた十字架で、ケレスの左脇腹を打つ。


 微かな隙が生まれた瞬間、キューで突くように十字架のステッキを構える。教授にまんまと脳震盪を食らわされた三連突きを狙う。だが、私の見据える石突きの先には肝心の頭がない。


 そう、ケレスには元から頭部がないのだ。


 これでは再現が破綻してしまう。


 しかし、私は劇場でスリットマウスが現れた時の様子を憶えていた。


 だから、あの虚空に向かって突きを繰り出すのに迷いはない。これが卒業試験の再現であるのなら、ケレスの首の上に頭部がある事はまったくもって


 小気味の良い音が廊下に響き渡る。


 十字架の先は、ない筈のケレスの頭を打ち据えていた。


 三発。透明な額へ叩き込む。


 グラリと揺れる大きな体。床に崩れ落ちる間際、ケレスが思い切り体を捻った。


 ――来る。


 低い姿勢から、私の〈装甲貫通〉を模倣した凄まじい蹴りの一撃が迫る。我ながら、これは見事な不意打ちだったと思う。だが、悠長に感心してはいられない。メカチャック教授の〈鉄の巨人〉に太刀打ちできなかったとはいえ、彼に6本指を使わせる決定打。その完璧な再現のうえ、更にケレスの膂力を合わせた絶命の一撃を防がなくてはならないのだから。


 私は手にしていた十字架を前方へ投げながら呼び掛けた。


「でっけえ盾になれ!」


 マカブルの十字架は変幻自在。ドミニクが言っていた通りだ。


 十字架はステッキの形から分厚く巨大な盾に形を変えて、鐘のような重たい金属の音を立てながら垂直に突き刺さった。それから、ほぼ同時に、まるで十数メートルはあろう流木が衝突したかのような戦慄を催す衝撃が、盾の裏側にまで伝わってきた。生身で食らっていたら挽肉になっていたに違いない。


 さあ、ここからだ。


 ここから先の展開はない。この卒業試験の再現が終わった途端、ケレスは自分の持つありとあらゆる能力をもって私を殺しにくるだろう。あの赤黒い凶器の波を起こされたら、今度こそひとたまりもない。


 だから、この一瞬。


 再現を中断させた一瞬の間に、私は決着を付けなくてはならない。


 その時、私の背中にカツンと硬いものが当たった。それが何か分かっていたから、私は思わず笑みをこぼした。


 振り向きざま、逆さに突き立っている「回転式戦槌型魔導銃マウルタッシュ」のシリンダーを蹴り飛ばす。露わになった薬室に、弾帯から取り外した銃弾を1発だけ込める。両手で柄を握って力任せに担ぎ上げる。シリンダーが元の位置に戻った音がする。


 暴発の危険性を度外視した勢いで魔力を戦槌へ流していく。


 手から溢れ出た藍色の炎が、シリンダーへ吸い込まれる。


 重い。肩や腰の骨など、いっぺんに砕けてしまいそうなほどの重み。


 これがヒューマンズ・セッションのマーガレットが使っていた武器か。


 当時の質感をひしひしと全身に感じる。伝説のパーティの残滓が、ずんと圧し掛かって心と覚悟を軋ませる。鼻に掛けていた自信や才覚が、音を立てて砕かれていく。自分がどれだけ弱い人間だったのかを理解させられる。


「――だからこそ。立ち向かうんだ」


 この十字架の盾の先に、私がいる。証明魔法などという淡い希望に縋って、自分の弱さから目を背けてきた過去の私がいる。それを乗り越えないと、私は永遠に前へ進めない。


 魔力を回すにつれて、シリンダーが回転を始める。


 暴発する臨界点にまで達した藍色の魔力が、更に活性化されて勢いを増す。


 この重たい戦槌。今は亡き仲間の武器を形作る教授の想いを感じる。


「さあ、いくぜ。サヨナラホームランだ、クソ野郎」


 攻撃に耐え切れず、盾から元の形に戻った十字架が私の胸元へ帰ってくる。完全無防備。盾に阻まれてもなお、勢いの衰えないケレスの一撃がついに私へ届こうする。


 担いだ戦槌の後部から、激しく噴射する藍色の炎。戦槌を大きく振りかぶった直後、暴発の斥力を推進力に変えて、渾身の力でそれを振り抜く。


 武器が、こう叫べと訴えているのが聞こえた。


滅転砲メテオ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る