第30話 夢を現実へ引きずり出す力

 教授の指示に従って、私は魔法学講義室の倉庫に入った。


 教授の部屋とは違って、標本や書物が綺麗に整理整頓されている。兎も角、彼の言うとおりにして部屋の棚を探ってみると、そこには弾帯に繋がれた大きな砲弾があった。林檎3個分、一般的な銃弾の数倍はあるだろうか。それが6発分連なっていた。


 それだけ拾わせると教授は、霊廟へ向かうように私を急かした。


「なあ、見てくれは良いけどよ。弾だけじゃ、どうにもなんねえんじゃねえかなあ!」


「なんだと。吾輩の発明品をみくびるなよ。それは魔力貯蔵に長けた銀魔鉱石シルバーミスリルを素材に、吾輩の魔法陣を刻んだ――いや、そんな事はどうでもいい。余計な事を考えずにとっとと走れ!」


 ついに霊廟に通じる大扉の前に到着した時だった。教授が舌打ちをした。


「追いつかれたぞ、構えろ」


 私は咄嗟に振り返る。


 来た道の向こうに、ケレス=マリアンナがいた。


 身体の所々に燻って煙を上げる大穴が空いているが、今にも塞がりかけている。教授の魔法による傷だろう。彼をもってしても致命傷には至らないようだった。ケレスは蛇行剣の切っ先を床にだらんと垂らしたまま、私を吟味するように静かに佇んでいた。


 そのうねり曲がった刀身には、真っ赤な血が滴っている。誰のものか、などと考えている内に手の上にた教授の人形がボロボロと崩れていった。


「……教授ッ」


「フロムオード君。心して掛かれ。ここには吾輩の〈友よ、その響きではない〉の舞台装置はない。あの怪物は思う存分に力を振るってくるだろう」


 崩れゆく中、教授は小さなステッキで私の首に掛かったマカブルの十字架に触れた。


「その十字架の本質は護身具だ。ケレスと一対一で立ち向かうには心もとない。だから、君にこの武器を預けよう――〈鉄の巨人〉!」


 教授が魔法を唱えると、廊下の隅々から細かな砂鉄の粒子が集まってくる。


 それは人形と混じり合って、やがては大きな戦槌の形になった。細長い柄の先に、回転式拳銃のシリンダーと撃鉄を思わせる無骨な形の鈍器が繋がっている。薬室は6つ。寄り道の際に、教授が拾わせた巨大な銃弾の事を私は思い出した。


 この武器の名前を彼はこう呼んだ。


 回転式戦槌型魔導銃マウルタッシュ。


「かつてメンバーのマーガレットが使っていた武器のコピー品だ。腕っぷしに自信のある君なら、最低限扱うことはできるだろう。暴発の心配は要らないから銃弾に魔力を込めて、なるように全力で振り抜け。いいな」


「ハア!? そんな土壇場で使えるわけが……」


 握った戦槌の柄から、教授の気配が消えた。


 独りだ。


 あの忌まわしい演奏の音が聞こえだす。私一人に聞かせるため、私一人を叩き潰すために奏でられる音の罵倒。憧れた原初精霊の〈賛歌〉とは程遠い。この胸に抱いた夢の対極にある敵意の声。


 蛇行剣を背負ったケレスが迫る。


 私はその凶刃に立ち向かおうとして、間一髪のところで止めた。戦槌が重たくて、立てた柄を軸に回転して蛇行剣を避けた。この時、私は教授の言っていたことを冷静に思い出していた。


『あの男には、一度見たものを完璧に再現し、理解する力がある』


 その理論からすると、無遠慮に出し尽くした私の新技はどれも二度と太刀打ちできないだろう。それどころか、下手に使った瞬間、技の隙を完璧に見破られて……殺される。


 技術、体術、観察眼、どれをとっても完全な私の上位互換。


 正直、この平和な時代で私ほど肉体に恵まれている人間などいないと思っていた。今でもそうだ。だが、この怪物は私より遥かに強い。


 落ちこぼれという烙印の諦めと絶望に育てられた、土俵外の傲慢な自信を見つめ直す。


 ステゴロ上等の喧嘩じゃない。


 戦って勝つわけじゃない。


 潔く負けて死ぬわけでもない。


 プライドをかなぐり捨てて、臆病な兎みたいに全部使って生き延びる。


「――うっせえ、うっせえ。クソみてえな音聞かせやがって」


 爪を立てて頭をガリガリ掻き毟る。不安を心の奥へ追いやるように。


「そのがめつい曲、アタシの好みじゃねえんだよ」


 マカブルの十字架を胸元から千切る。


 教授が託したこの戦槌は、恐らくヒューマンズ・セッションの一員、マーガレットが使っていたとされる武器とそう変わらない性能の筈だ。だから、これは決定打。生半可に使ってケレスに技を見抜かれたらダメになる。


 私の喧嘩技術ではなく、この戦槌を使った技でもない。


 その戦い方には心当たりがあった。勿論、実践した事はないが。


 教授の杖術。


 ケレス=マリアンナのように技を一発で完璧に見抜く目はないが、あれほど骨の髄まで叩き込まれた教授の技ぐらい、私にだって真似は出来る。その程度の確かな実力はある。


 私は想像した。十字架に祈るように。


 今この時だけ、教授の力が私にあったらと。


 十字架の形が変わる。私の心に呼応する。


 角ばったステッキの形に伸びていく。左右の部分が剣の鍔のように小さく残っているのは、強いというイメージの中に、あのオカマ騎士団長がいるからか。私が思う、教授とドミニクのイメージが十字架に宿る。独りじゃない。


 私は杖になった十字架を構えた。あの卒業試験で教授がそうしていたように。


 優雅で、気品のある。力強く頼もしい姿へ。


「こいよ、ノイズ野郎。マナーっつうのを叩き込んでやる」

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