第20話 神とドラマに従属するもの

 教授は語る。


「ケレスは、かつての勇者が意図せず招き入れてしまった悪霊だ。いくつもの偶然が重なり合って産み落とされた無邪気な精霊の落書きだ」


「精霊なのに悪霊……?」


「それには語弊がある。元々は、肉体の寿命を迎えた原初精霊の遺体を使って、人間が使役できる原初精霊を造り出すための研究体だった。彼らに限りなく近しい存在だ。だから偶像・・と呼ばれている」


 精霊の偶像。その言葉には聞き覚えがあった。


 証明魔法の授与式で、教授は精霊を呼び出した時にも同じような事を言っていたはずだ。


「昨日、教授も偶像があーだこーだとか言ってなかったっけ?」


「名誉の為に断言しておくが、あれと吾輩の研究物は無関係だ」


 忌々しそうに教授が答える。


「ケレスはこのカリステジアの敵国だったハイゼンバグで開発された存在なのだよ。精霊の力を借りて魔法の限界を超えようと試みた吾輩の研究とは違い、ヤツらは原初精霊を大量殺人兵器に改造しようとしたのさ」


 世界の果てを開拓し、物と生命をあらしめる魔法を使う原初精霊が人々に牙を剥く。


 その発想に一度も辿り着かなかったわけではない。


 ありえないと思い込んでいたのだ。


 この空も大地も、カリステジアという国も、私の血筋の始まりだって、彼らが作り出したわけだから、つまりは万物の母といっても過言ではないわけで……それほど偉大な存在が……などと、これは私達人類の勝手な信仰なのかもしれないが。


 教授が言うように精霊は無邪気だ。


 善も悪も、ただ美しいから作る。そういう存在だ。


 そんなものが悪意に傾倒し、人命を害することを目的にしてしまったら。


 当時の戦争で『ヒューマンズ・セッション』が偶像精霊を打ち倒したという記録は、歴史書にも数行しか残されていなかった。簡潔な内容なので、その脅威がどれほど恐るべきものだったのかを現代の人々は知らない。しかし、もしも彼らが偶像精霊を倒していなかったら。考えうる悪い妄想が全て現実になっていたのだと思うと背筋がゾッとする。


 教授は私を安心させるように言った。


「だが、案ずるな。復活するだけだ。精霊という存在に縛られたケレスも、所詮は雨の精霊と同じく神とドラマツルギーに従属するものだからな。特別な縁があるか、イベント会のチケットでも取っておかない限り、この場にヤツが現れる事はないさ」


 そこまで言うと、教授はパチクリと目を見開いた。


 何か怪訝そうな視線を向けながら私へ近付いてくる。それから、足の爪先から旋毛まで、おまけに骨の下まで透かすようにジックリと眺め回すと、いきなり私の胸倉を鷲掴みにした。


 そうして自分の方までグイッと引き付けて、私の目玉の奥を覗き込む。


「君、まさか吾輩の研究室に入ったのか?」


 またあのピアノの音がした。

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