第18話 仄明るい卒業式

 母はいつも言っていた。


 真っ赤な髪の事について。


『ベリタちゃんの髪が赤いのはね。光に愛されてるから。幸せと希望を一杯に抱えて産まれてきたから、いつでも太陽の下にいるみたいに赤いのよ』


 お母さん。私はそんなに素敵な人じゃなかったよ。


 玄関の姿見に映っていた自分の髪は、まだ黒ずんで見えた。


 今日は卒業式だ。


 もう制服は着なくて良いから好きな格好をした。


 白デニムのジャケット。内側にはクロップド丈の黒いセーター。


 ボトムスにも同色のハイウェストパンツを穿いた。


 黒革のショートブーツにはこだわりがある。本革を使ったクラシック・ファッションといえば、夜の来ない国、エネルネの職人が素晴らしい。これはその国から特注で取り寄せたもので、ここ最近はずっと靴墨で磨いてばかりだった。


 しかし、女ながらに色気のない格好だなとは思う。他の卒業生も思い思いの格好をしているが、やはり私の服装が気になっているのだろう。いよいよ壇上に呼ばれたので階段を上がると、客席で待機している生徒たちの視線がいっぺんに集合した。居心地は大層悪い。


 そこで私は、また母の言葉を思い出した。


『綺麗な人ほど人に見られるわよね。でも、そうじゃないのよ。人に見られるから綺麗になるの。もしそういう時が来たら、自分が主役になったつもりで堂々と歩きなさい』


 だから、微かな不安も一息に吹き飛んでしまった。


 壇上にはメカチャック教授がいた。いつもと同じ装いだ。


 彼は声を潜めて言った。


「目立ってるぞ。気後れしないとは見上げたものだ。度胸は親譲りかな」


「プレッシャーかけてんじゃねえ」


 演台の前に立つ。校長が私を迎えると、手短かに賛辞を読み上げる。


 不思議だ。


 授与式は散々で、昨夜にも酷い悪事を働いたのに、いざ卒業するとなると気持ちが晴れやかになる。実にポルノ的じゃないか。強引な感動だ。私のこの感動は何だ。何もかもが薄っぺらい。こんなに汚れた喜びがあるか。


 以下同文。そう校長が締め括る。


 卒業証書が差し出される。


 ふと、これを破り捨てたいという突飛な衝動に駆られた。この大観衆の前で証書をビリビリに千切ってみせたらどんなに胸が空くだろう。私には、この証書が真っ赤に燃えているように見えた。触れたら手が灼け爛れて、いっぺんに全身が火達磨になりそうな。


 そう思わせるのは、私の心の奥にやましい想いが潜んでいるせいなのか。


 尻目に教授を見てみた。


 慈愛に満ち満ちた誇らしい顔が見える。その表情が胸を刺す。


 地獄だ。心に地獄がある。私の心の中に、私を責め立てる地獄がある。


 いっそこの地獄に吸い込まれてしまったら、気が楽になるだろうか。


 いっそ……。


 その時だった。

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